ヒト乳頭腫ウイルス(Human papilloma virus:HPV)は、現在、パピローマウイルス科(Papillomaviridae)に分類されている. 環状二本鎖DNA, エンベロープなしの正二十面体構造を示す。HPV は2本鎖DNA の複製を有する腫瘍ウイルスである。L1キャプシド遺伝子の塩基配列相同性にもとづいてこれまでに120以上の遺伝子型が同定されている*1.
HPVは, 1949年, 皮膚乳頭腫病変より電子顕微鏡で確認された.*21983年にはドイツのzur Hausen博士により子宮頚癌組織にHPV type16,18 DNAが発見された。(写真はzur Hausen先生. この功績により,2008年ノーベル生理・医学賞授与)
HPV はヒトの皮膚や粘膜(口腔、生殖器etc.)などの扁平上皮に接触感染し、乳頭腫を形成する。ヒト以外の哺乳動物や鳥類においても同様のパピローマウイルスの存在が確認されているが、宿主域は非常に厳密で、種を超えて他の動物に感染することはない。(HPVはヒト以外の動物には感染しない.)
皮膚感染型のHPVと生殖器粘膜に感染する粘膜型HPVの2つに大別され, 約40種類の粘膜型HPVのうち, 少なくとも15種類が子宮頚癌の原因となる高リスク型HPVと考えられる。 それらには16, 18, 31, 33, 35, 39, 45, 51,52, 56, 58, 59, 68, 73, 82 などがある. これらは分子系統樹上のあるサブグループに集中しており, 構造と機能の相関が示唆される。
この中でHPV16とHPV18が世界における子宮頚癌の約70%の発症に関わっている*3。本邦では子宮頚癌の90%から高リスク型HPV DNAが検出されており16型がそのうちの約半数を占めている。
また, HPV感染は肛門癌の少なくとも90%, 40%の膣癌, 外陰部癌, 陰茎癌, および10%の頭頸部癌の原因と推定されている*4.
一方, 良性尖圭コンジローマを生じる低リスクHPVにはHPV6, 11がある。
性行為の開始に伴い約50-80%の女性がHPV感染を経験するが通常約1年以内にウイルスは排除され、感染により発生した子宮頸部軽度異形成・頸部上皮内腫瘍性病変(CIN: cervical intraepithelial neoplasia)は, 約3年以内に自然消退する。*5
HPV感染者の約10%には3年以上の持続感染が成立し, さらにその一部に数ヶ月から数十年の経過を経て子宮頚癌cervical cancerが発生すると考えられる*6*7。
日本では年間約1万人の女性が子宮頚がんを罹患する。
パポバウイルス科の環状二本鎖DNAウイルスでエンベロープなしの正二十面体。
HPVの伝播には感染者あるいは汚染表面との直接接触が必要。すべてのHPVは, 皮膚あるいは粘膜上皮のどちらかに感染し, 上皮の過形成hyperplastic epithelial lesionを形成する。
HPVには血清型が存在せず, ウイルスゲノム(E6, E7, L1-DNA)の相同性から発見された順にアラビア数字で型名をつけている。相同性が90%以上を同じtypeとし, 2-10%の違いはsubtypeとして小文字のアルファベットをつけ, 2%未満の違いはvariantとして扱う。 現在HPVの型は80以上が知られている。
BernardらはHPVの後期遺伝子(L1)領域DNAの一部からHPVのタイプをGroup A~Eに系統分類した*8。
11タイプに細分されたGroupAのうちGroupA9に属するHPV16型グループ, GroupA7のHPV18型グループ, GroupA6のHPV56型グループなどは子宮頸癌発生に関与する悪性型と考えられている。
GroupA10に属するHPV6, 11, 42, 45, 55型などは尖型コンジローマや子宮頚部LSILにのみ検出されるため低悪性型と考えられている。
HPVの感染サイクル*9
HPVゲノムは8つのウイルスタンパク質しかコードしていないため, 宿主細胞のタンパク質機能をウイルス増殖期に最大限に利用する必要がある. HPVが増殖を開始する頸管粘膜の傍基底細胞は通常, 細胞増殖を停止し, 分化に向かっている。
ウイルスは自身のE6およびE7蛋白質により, 宿主細胞を増殖サイクルに維持して、細胞の複製蛋白質が豊富な環境を整え自身の増殖に利用している。E6, E7蛋白はHPVがコードする癌蛋白質であり、HPV感染による発癌過程において重要な働きをしている。
HPV E7タンパク質
約100aaより構成され1つのZn フィンガードメインをもつ. 一部例外を除き, HPV E7はRBファミリータンパク質(pRb, p107, p130)に結合しその機能を阻害する. とくにHPV type16など高リスク型HPV E7はRBの分解も促進する.
RBの主な機能は細胞周期調節であり, 主にG1期からS期への移行を制御する。
- RBはG1期の初めには低リン酸化状態(活性型)にあり, 転写調節因子E2Fと結合して,その機能を抑制している。
- G1期の終わりに, RBはサイクリンとcyclin dependent kinaseの複合体のひとつであるcyclinD/CDK4の働きによりリン酸化され高リン酸化状態となりE2Fが放出される。E2Fの放出によりG1期からS期へ移行する。
- E7 N末端には, SV40などのポリオーマウイルスの大型T抗原やアデノウイルスのE1Aにも保存された領域CR1(conserved region1)とCR2(conserved region2)があり*11, CR2に保存されたLXCXEモチーフを介してRBファミリー蛋白に結合する。
- CDK4インヒビターのひとつであるp16INK4a;はcyclinD/CDK4複合体と結合してネガティブフィードバック機構により, RBのリン酸化(不活化)を抑える。
- 通常p16が高発現する細胞は増殖を停止するが, HPV感染細胞では, RBタンパクがE7により不活化されているためp16の発現が高いまま増殖する。p16高発現はE7の高発現を反映してCIN3やinvasive carcinomaのよいマーカーになることが示唆されている。
- p16, MIB-1染色でp16を高発現しながら増殖している細胞があることを確認できる。
- また, CDKの活性はCDK inhibitor(CDKIs)とよばれる阻害因子による制御をうけている. このCKDIのうちp21CIP1/WAF1;, p27KIP1;とE7は直接に結合してこれらの阻害的活性を抑制する。結果的にcyclinD/CDK4の活性化は促進され, 細胞周期の回転, 細胞増殖が刺激される。
- E7の標的遺伝子はRB以外にも多くが同定されているが, E7の生物学的活性のほとんどはRB機能の不活化に依存していると考えられている。
HPV E6タンパク質
E7によるpRB不活化を介するE2Fの構成的活性化はp14ARF;を過剰誘導し, p53の蓄積と活性化により細胞はアポトーシスに陥ってしまう。HPV E6タンパクはこのp53活性化を抑制するよう働いている。
E6の新しい機能
1) テロメラーゼの活性化
がん化においてTERTの発現誘導はテロメア長の維持により不死化の必要条件のひとつを満たすが, ウイスル学的には1つの被感染細胞から肉眼病変を形成し長期間維持するために有利に働くこと、および, テロメア長非依存的に細胞増殖を活性化する可能性が考えられる。
2)p53の不活化を介するNotch1の下方制御(down regulation)
3)複数のPDZドメインをもつタンパク質を標的化している
サイクリン依存性キナーゼインヒビター (CDKN: cyclin-dependent kinase inhibitor)の一つで細胞周期の調節に関与する癌抑制遺伝子(p16 ink4a)産生タンパクを認識抗原とする。
L1 capsidタンパク
- HPVウイルス粒子産生に伴って発現が認められ, ウイルスが核内にintegrateされる前段階で, ウイルス産生優位時期を示すマーカとされる。
Ki-67
- 正常子宮頚部扁平上皮では傍基底細胞にのみ陽性
- CIN1では、中間層, 表層細胞にも陽性を示す。
- 反応性病変と区別の困難な核異型の弱いCIN1の鑑別に有用。
- 化生, 未熟化生細胞のp16擬陽性(弱く陽性を示す)でもKi-67は陰性ないし弱陽性となる。