DNAの収納:DNAのらせんはなぜ絡まらないのか?*1
ヒト細胞では長さ1.8-2.0mにおよぶ細長いDNA分子を, 直径わずか10μmの核内に, もつれもなくらせんの状態のまま収納しなければならない。うまく折りたたんでDNAを収納しなければDNA分子はたちまち絡まってしまうだろう。さらにDNAはダイナミックなデータバンクであり、このデータを記録したテープは一時も静かにおさまることなく, 細胞の転写装置がその情報をコピーするたびにあちらこちらで休みなくほどかれたり巻き戻されたりしている。細胞分裂時にはテープがまるごと2つに分かれ, 複製され再度まとめられてそれぞれの娘細胞の中に収められる。
この厄介な問題の糸口は, DNAが巻かれている特殊な糸巻き--ヌクレオソーム(nucleosome)とよばれる構造体にある。糸巻きは6個または8個で1つのグループを構成し、それぞれDNAを2回転巻きつかせている。ヒトの細胞では約2500万個の糸巻きを使いDNAを管理している。
DNAの巻きついた糸巻き構造はヌクレオソーム・コア粒子とよばれヒストン(histone)タンパク質よりできている。8個のヒストンタンパク(ヒストンH2A, H2B, H3, H4がそれぞれ2分子づつ)と147塩基対の二本鎖DNAの複合体である。コア粒子同士は数塩基対から約80塩基対の長さのリンカーDNAで隔てられている。
染色体DNAはヌクレオソームのつらなった構造をとるが、生体内でクロマチンがのびた状態になることはめったにない。ヌクレオソームは次々に重なって規則的な配列をつくりその中でDNAはさらに凝縮した構造, 30nmのクロマチン線維を構成する。
ヒストンは、長いDNA分子を折り畳んで核内に収納する役割をもつ。ヒストンはDNAに結合するタンパク質の大部分を占め、ヒストンとDNAの重量比はほぼ1:1である。
ヒストンコアはヒストン分子H2A, H2B, H3, H4の8量体からできている(右図)
クロマチンの30nmジグザグモデル*2
リンカーヒストンH1はリシン残基に富む一群の塩基性タンパクであり, ヌクレオソームをつなぐリンカーDNA領域に結合する. リンカーヒストンはヌクレオソーム上のDNA出入り口の両方またはそのいずれかに結合しDNA凝集やクロマチン高次構造形成に深く関与している.
コアヒストンを構成する4種のヒストンタンパク質は種をこえて強く保存されているが, リンカーヒストンには同じ種の中でもいくつかのサブタイプが存在する.
ヌクレオソームが次々に重なって規則的な配列をつくりまとまって凝縮しクロマチン繊維をつくる。
クロマチン構造には転写因子等との反応性に富む活性型とコンパクトに凝縮した抑制型があり、これらの形を継承するか相互に転換するかが制御機構の基本形となっている。
分裂間期の細胞核内DNAを蛍光染色するとほぼ一様に分散した, ユークロマチン(前者)間に凝縮して強く染色されるヘテロクロマチン(後者)が観察される。 ヘテロクロマチンは染色体のセントロメア, テロメア領域に加えてY染色体やニワトリ雌のW染色体のように一方の性に特異的な性染色体上の広い領域に認められる。また染色体上の随所に近縁生物種間でも個々の種に固有のパターンで認められる場合が多い。
ヘテロクロマチンを構成するDNAは一般に高度反復配列からなり, S期後期に複製される。
高等生物ではこれらの反復配列中のCG配列のシトシンが高頻度でメチル化を受けている場合が多い。
すなわちクロマチン制御機構は,
1.メチル基転移酵素, アセチル基転移酵素などのwriter
2.脱メチル化酵素, 脱アセチル化酵素などのeraserなど1,2による実際のクロマチンマーク着脱と
3.「reader」(読み取り屋)によるマークの認識, 構造変換という階層に分けられる。
ヌクレオソームの4種類のヒストンにはアミノ酸側鎖が存在し、さまざまな共有結合修飾をうける。リジンのアセチル化, モノ, ジ, トリメチル化, セリンのリン酸化などがその例である。
側鎖の修飾はヌクレオソームから突出したあまり明確な構造を持たない8本のN末端のヒストン尾部(histon tail)でおこることが多い。ヌクレオソームの球状コアでも特異的な側鎖修飾がおこなわれることもある。
- 共有結合修飾はすべて可逆的である。
- ヌクレオソームの特定のアミノ酸側鎖修飾は特定の酵素が行う。ほとんどの酵素は1つか, 限られた部位にしか作用しない。修飾基をのぞくのは別の酵素である。
- 各酵素はそれぞれ細胞の一生のある決まった時期にクロマチンの特定の部位に集まってくる
- 酵素を集合させるためには染色体上の特異的なDNA塩基配列に結合する遺伝子調節タンパク質(gene regulatory protein)が働く。
- 遺伝子調節タンパク質は生物の一生のいろいろな時期に産生される。
- ヌクレオソームの共有結合は、開始させた遺伝子調節タンパク質が消失しても保たれ続ける場合がある。
- ヌクレオソームの修飾は細胞の成長の歴史として記録され、染色体上の位置, 細胞の状況によって、きわめて多様な共有結合修飾がさまざまなヌクレオソーム群に見つかることになる。
ヒストンの修飾は厳正に調節されている。もっとも重要なことはヒストン修飾を受けたクロマチン領域に特定のタンパク質が相互作用することになり, その結果遺伝子発現時期, 方法をはじめ, さまざまな生物機能が決定されることである。
クロマチンの領域の構造そのものにより、中におさめられている遺伝子の発現が決定され, 真核生物細胞の構造,機能が決まる。-->エピジェネティックの重要な因子
リシン(K)のメチル化には度合いの異なる3種類が存在する。それぞれ異なる結合タンパクに認識されるため細胞にとって違う意義をもつことになる。アセチル化はリシンの正電荷をなくすことに注意。''アセチル化したリシンはメチル化を受けず, その逆もいえることが重要である(=リシンのアセチル化とメチル化は競合反応である)。*2 メチル化を記号で Kme, Kme2, Kme3と表現する。
H3 ヒストンコアタンパクの修飾でよく調べられているものを図左に示す。大文字はアミノ酸記号。 M:メチル化, A: アセチル化, P: リン酸化 U: ユビキチン化
リシン(K)やアルギニン(R)ではメチル化の仕方も幾通りかある。H3のK(リシン)9などではメチル化とアセチル化のどちらかの修飾を受けることがあるが両方同時には受けないことに注意(競合反応のため)*3
H3だけではなく, H2A,H2B,H4でもヒストン尾部では共有結合修飾がおこっている。
ヒストンコード仮説
遺伝子の制御領域近くにあるヌクレオソームのヒストン修飾の組み合わせが、その遺伝子の転写効率に影響する.*4
個々のヌクレオソームにはこれらの修飾により多様な組み合わせの目印(ヒストンマーク)をつけることが可能になっている。それは細胞にとってヌクレオソーム内に詰め込まれたDNAに対し外部から接近できる時期, 方法を決定している。
- ある目印はクロマチンの一部が新しく複製されたことを示し
- べつの目印はDNAが損傷し修復が必要なことを表す。
- 遺伝子がいつ, どのようにして発現するかを示す目印も存在している。
- タンパク質の小さなモジュールがヒストンH3のトリメチル化リシン4(H3K4me3)など特定の目印を識別して結合する場合もある
これらモジュールが他のモジュールと協同してコード読み取り複合体(code-reader complex)の一部として働く。こうしてクロマチンの特定の目印の組み合わせに引き寄せられたタンパク質複合体が適切な時に適切な機能をはたす。
ヒストン化学修飾とその機構 *5
ヒストン化学修飾がゲノム制御とその機能に影響する機構は 次の2つと考えられている.
ヒストン修飾の種類と主な機能
ヒストン修飾では, これまでにリン酸化, アセチル化, メチル化, ユビキチン化, SUMO化, ADPリボシル化, プロピオニル化, ブチル化,
ホルミル化, シトルリン化, プロリンイソメル化, クロトニル化, チロシン水酸化, O-GlcNAc化, サクシニル化, マロニル化修飾などが存在していることが報告されている.*6
これらの翻訳後修飾の機能はまだ十分に理解されていないが, アセチル化(Ac), メチル化(Me), リン酸化(P), ユビキチン化(Ub)などについては近年分子機能や,その重要性が解明されつつあり, 腫瘍化の分子ターゲットとして,治療薬への応用も期待されている.
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