Wikipathologica-KDP
チロシンキナーゼ thyrosine kinase
PI3K-Akt経路†
PI3K経路 Web page
- 細胞増殖, 分化, 生存シグナル制御にリン脂質代謝系を介するシグナル経路もきわめて重要な役割をはたしている。
- ヒト第10番染色体上のがん抑制遺伝子として同定されたPTENがPI3キナーゼ(PI3K)産物の脱リン酸化酵素であることや, がん遺伝子産物AktがPI3K下流の中心的シグナル分子であることがわかり,
イノシトールリン脂質代謝を介したシグナル経路と発がんの関わりが注目されている*1. PI3KはまたRASのエフェクター分子でもある。
PI3K(phosphatidylinositol 3-kinase)
非タンパク質キナーゼ.
- 受容体型チロシンキナーゼが増殖因子刺激などにより活性化されると細胞膜直下にリクルートされる, 一群のキナーゼの総称.
- 膜に存在する脂質であるホスホイノシタイドのイノシトール環, 3位水酸基をリン酸化する。ほとんどのキナーゼはタンパク質をリン酸化するのに対しPI3Kは脂質をリン酸化するのが大きな特徴である。*2

- 細胞膜脂質環境内のホスファチジルイノシトール phosphatidyl Inositol(Ptd Ins):陰性荷電されたリン脂質でリン脂質の微量成分を構成している。
- 膜脂質二重層の細胞質側に局在するphosphoinositidesの親化合物.Ptd Insはfatty-acyl鎖を膜脂質二重層に埋没させ, グリセロール骨格を通して細胞質に面するmyo-inositolリングにつながっている。

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PI3Kは一次構造や基質特異性により, クラスI, II, IIIに分けられる。クラスI-PI3Kはヘテロダイマータンパク質として触媒サブユニットp110と調節サブユニットp85で構成され, 主にPtd Ins(4,5)P2 (PIP2)をPtd Ins(3,4,5)P3 (=PIP3)にリン酸化する。がん抑制遺伝子として知られているPTENは、その相方として, PIP3をPIP2に脱リン酸化する。
PIP3(Ptd Ins(3,4,5)P3)はがんにおける増殖・生存・浸潤・転移に重要なシグナル伝達の二次メッセンジャーである。
クラスII, III PI3Kと比べ, クラスIについての報告が多く、通常PI3KといえばクラスIを指す。またmTOR(mammalian target of rapamycin), DNA-PK(DNA-dependent protein kinase)などのタンパク質キナーゼはPI3Kのp110と類似の構造をもつため、クラスIV PI3Kに分類されることもある。
クラスI-PI3Kは触媒サブユニットなどの違いによりα, β, γ, δの4つのアイソフォームが存在し, それぞれ調節サブユニットとヘテロダイマーを形成するが, 結合する調節サブユニットにより, さらにA・B各サブクラスに分けられる。
各サブタイプは正常組織では, それぞれ異なった局在を示し、機能も異なっている。
- クラスIA PI3Kは、SH2を有する調節/制御サブユニット(p85α、p55α、p50α、p85β、p55γ)と触媒サブユニット(p110α、p110β、p110γ)からなる二量体として存在し、TCRやBCR、FcεRIのシグナルに応答して、チロシンキナーゼ下流のシグナル伝達経路やRasによって活性化される。
- 制御サブユニットの内、p85α・p55α・p50αは同一の遺伝子(Pik3r1)のsplice variantであり、免疫系の細胞では主としてp85αが発現している。
- PI3Kの制御サブユニットは触媒サブユニットのタンパク質レベルでの安定化をもたらす“シャペロン”としての機能も持っており、制御サブユニットの遺伝子破壊によって触媒サブユニットの発現レベルの低下が引き起こされる。
- 触媒サブユニットは細胞の種類によって使い分けがなされており、各種の遺伝子改変マウスの解析から、リンパ球・マスト細胞においては特にp110δが主要な機能を担っているものと考えられている。
- クラスIB PI3Kも触媒サブユニットp110γと制御サブユニット(p101、p84)からなる二量体として存在するが、GPCR(G-protein coupled receptor)の下流のGβγもしくはRasによって活性化される。
- クラスIB PI3Kは白血球に特異的に発現しており、ケモカインに応答した細胞遊走に関与する。
PI3KCA Phosphatidylinositol-4, 5-bisphosphate 3-kinase catalytic subunit alpha isoform (PI3KCA) = p110α gene†
- PI3KCA(=p110α)は86,190bpに広がる遺伝子で21個のexonから構成される。Exonの番号は一般的な転写産物NM-006218に一致している。
- exon1は全体がUTRである。20 exonは種々の長さのcoding exonである。
- PI3KCAの偽遺伝子はchromosomes 16 (gi 28913054) と22q11.2 (gi 5931525)に推定される。後者は猫目症候群(Cat eye syndrome)の部位にあたる。これらの部位はPI3KCA遺伝子のexons 9 および 11-13 に相同を示す。
- ヒトPI3KCAの転写物は3207bpのORF(open reading frame)をもち, 1068個のアミノ酸残基が予測される。
- タンパク質:p110αの保存ドメイン。adaptor binding domainを介してp110αは制御/調節サブユニットと反応する。
C2 domain: protein-kinase-C-homology-2 domain.
- PI3KCA遺伝子はクラスI PI3-kinase(PI3K)のcatalytic サブユニットにあたるp110αをコードする。
- クラスI PI3Kはへテロ二量体分子で, catalyticサブユニット, p110および制御/調節サブユニットからなる。catalyticサブユニットはp110α, β, γの3種類が存在すると考えられる。
ヒトの癌で p110αをコードする PIK3CA遺伝子の変異が高頻度に起こっていることが2004年、Samuelsら*3により報告された
hot spotとしてE545K, H1047Rなどを報告し、これらは機能獲得変異であることから癌におけるPI3K の役割の重要性がクローズアップされることになった。
p53がん抑制遺伝子変異を除けば、PI3K-Akt経路の遺伝子変異がヒトのがんで最も頻度の高い遺伝子の異常といえる。
この経路の制御異常は, ホストのPTEN発現低下, PI3KCA遺伝子の増幅または変異, Aktの増幅あるいは変異を主に、それ以外の頻度の低い異常によって起こる。
PI3KCAはp110αをコードしており、ヒトの数種のがんで変異/増幅がよく認められる。PI3KCA変異は、乳がん, 大腸がん, 子宮内膜がん、肝がんおよび脳膠芽腫(glioblastoma)で高頻度であり, 一方で増幅は, 頸がん、肺、胃、卵巣、および頭頸部がんで認められる。
*4
約80%の変異は, 3つのhot spotsのアミノ酸一個の変化であり, exon10のhelical domainにあたるE545K, E542Kとexon21のキナーゼドメインにあたるH1047Rである。
● PCR for genomic DNA to detect of the PI3K E542, E545 and H1047 mutation *5
PI3K exon 10
F: 5'-CAGAGTAACAGACTAGCTAGAGAC-3'
R: 5'-TAGCACTTACCTGTGACTCC-3'
PI3K exon 21
F: 5'-AGCCTTAGATAAAACTGAGC-3'
R: 5'-GTGAGCTTTCATTTTCTCAG-3'
94℃ 45sec
58℃ 45sec
72℃ 1min
x35cycles(Iwata City Hospitalのレシピ, exon10, exon21いずれにも使えます。) conventional Sanger sequence法による検索。PI3KCA primerの一例。(方法が変更になっています。ご注意ください)
Intraductal tubulopapillary neoplasm of the pancreas (IPTN 膵管内管状乳頭腫瘍 WHO2010分類)とPIK3CA変異*6†
最近のtopics
- ITPN(他の本ではIPTNとするものもある) 11例中3例にPIK3CAの体細胞変異が認められたが, 粘液産生性のIPMNsには認められなかった。一方KRAS変異はITPNには認められず, IPMNsには50例中約半数の26例に認められた。
- PIK3CA変異ITPN症例ではリン酸化AKTが強く発現しており, IPMNにはごく少数例にしか発現がみられなかった。
- PIK3CA変異とリン酸化AKT発現はITPN症例の年齢, 性別, 浸潤度, 予後との相関はみられなかった。
PTEN (phosphatase and tensin homolog; Gene ID: 5728, 10q23.3)†
蛋白 phosphatidylinositol-3,4,5-trisphosphate 3-phosphataseをコードする。tensin様ドメインと触媒ドメイン(catalytic domain)をもつ二重特異性のタンパクチロシンホスファターゼ。
ほとんどのタンパク質チロシンフォスファターゼと異なり, PTENタンパク質は選択的にphosphoinositide substratesを脱リン酸化する。細胞内phosphatidylinositol-3,4,5-trisphosphateレベルを抑制的に制御し, AKT/PKBシグナルを抑制することで腫瘍抑制タンパクとして機能する。
PTEN発現低下にはいくつかの機序がある.
- 10qのLOHがおこると残るPTENのhaploinsufficiencyをきたし悪性化を抑えられなくなる。
- LOHの頻度は, 膠芽腫が最も高く,子宮内膜, 胃, 前立腺, 乳がん, 悪性黒色腫に高い。
- PTENの変異は, 子宮内膜癌と膠芽腫に最も高頻度である。なかでも類内膜型内膜癌では変異例は80-90%となる。
- LOHの頻度はhomozygous deletion, やpromoterのメチル化によるエピジェネティックサイレンシングなどのため変異単独よりも高くなっている。
- PTENの機能喪失はがんの進行に非常に重要である。
- PTEN変異は内膜癌では早期であることや、良好な予後と相関している*7*8。
- 前立腺がんでは, PTEN発現喪失は高Gleasonスコア, ステージの進行, 生化学的再発と関連している.
- gliomaでは、PTEN変異の頻度は, 原発性low-grade gliomaや二次性膠芽腫より原発性high-grade gliomaに高く, 生存期間は短くなる。
- 悪性黒色腫ではBreslow thickness, 潰瘍形成とPTEN発現変化が関係する
- 乳がんではPTEN発現変化は, ERの喪失と予後不良に関連している。
Akt: AKT1(v-akt murine thymoma viral oncogene homolog 1, and = protein kinase B: PKB)†
白血病やリンパ腫を自発的発症するマウスの系統から単離されたウイルス(AKT8)がコードする癌遺伝子産物(v-akt)の細胞内ホモログとして発見されたセリン/スレオニンキナーゼ*9。
増殖因子受容体下流で働くキナーゼであり, 主にシグナル伝達・糖代謝との関連が研究されていた。
その後, Aktがapoptosis signalに拮抗する生存シグナルを伝達することが報告され*10, さらにAktがapoptosis実行因子の1つであるBadをリン酸化し不活性化する*11 ことがわかりAktは生存シグナル伝達の主役として注目されている。
Aktの増幅は、頭頚部がんにしばしば認められる(30%). 胃, 膵, 卵巣がんにも12-20%ほどの陽性率を示す。
形質転換能をもつE17KのAkt1ミスセンス変異が, 少数の乳がん, 大腸直腸がん, 卵巣がんに検出されている。*12
mTORC; ホスファチジルイノシトール3キナーゼ PI3K経路のフィードバックとその阻害†
哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mammary target of rapamycin; mTOR) complex
- 活性化Aktはタンパク質合成および翻訳で重要な役割を担う, 哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mammary target of rapamycin; mTOR)を介して細胞増殖を調節する.
- mTORは, mTOR, Raptor, mLST8, PRAS40で構成されるmTORC1およびmTORC2(mTOR, Rictor, mLST8, mSIN1で構成)として知られる2種類の複合体を形成している.
- mTORC1は, ラパマイシンに感受性であり, 少なくとも一部はp70S6Kと真核生物翻訳開始因子4E結合タンパク質1(4E-BP1)を介してタンパク質合成と翻訳を調節する.(右図)
- AKTは結節性硬化症複合体2(tuberous sclerosis complex 2; TSC2)をリン酸化することで阻害し,mTORC1活性を増強する.
- AKTはPRAS40もリン酸化し, PRAS40によるmTORおよびmTORC1複合体への阻害作用を抑制する.
- mTORC2と3-ホスホイノシチド依存性プロテインキナーゼ1(PDK1)はAKTの473番目のセリン残基および308番目のスレオニン残基をそれぞれリン酸化しAKTを活性化する.
- mTORC1により活性化されたp70S6Kはインスリン受容体基質1(IRS1)をリン酸化し, PI3Kの不活化をきたす.
- PDK1は, p70S6Kおよびp90S6Kをリン酸化し活性化する.
- p90S6Kの活性化は 直接TSC2をリン酸化しTSC2を不活化する
- 逆にLKB1により活性化されたAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)とグリコーゲン合成キナーゼ3(GSK3)はTSC2を直接リン酸化しTSC1/TSC2複合体を活性化する.
以上, PI3Kを介したシグナルとLKB1やAMPKを介したシグナルはmTORC1に集約する.
mTORC1の阻害は, インスリン受容体を介したシグナル伝達を増強させ, PDK1の阻害は, mTORC1の活性化を促し, 相反した作用により腫瘍増殖が促進される可能性がある.