真核生物の線状染色体に存在する3つの機能的ドメイン---遺伝情報を安定に伝達するしくみ.*1
1. 複製開始点: 遺伝情報を過不足なく倍加させるため, 染色体各部位がDNA合成期中(S期)に一度だけ複製するための制御をおこなう.
2. セントロメア: 細胞分裂期(M期)において遺伝情報を2つの娘細胞に正確に分配する際, 中心的役割をはたす.
3. テロメア: 細胞周期にわたって線状染色体を安定にたもつ機能をになう構造体.
培養皿中で継代培養されたヒト正常細胞は, 有限の分裂回数の後, 細胞増殖を不可逆的に停止する(ヘイフリック限界).
ヘイフリック限界に達した細胞は, 増殖刺激に反応することなく, 生存を続ける(複製老化)
複製老化は, 細胞分裂に伴うテロメアDNAの短小化によりテロメアの高次構造を部分的に保てなくなって, DNA損傷部位と認識されるためと考えられている. *2
細胞老化の一種であり, 染色体末端の過度の短小化を防ぎ, 染色体不安定化が起こらないようにする, がん抑制機構の一つと考えられている.
テロメアは5'-TTAGGG-3'の6塩基繰り返しからなる二本鎖DNAと種々のタンパク質から構成される高次クロマチン構造. すべての染色体末端に存在し, 重要な染色体保護機構として機能している.*3 *4
テロメアを構成するタンパク質としては, 6種類のテロメア特異的タンパク質からできたシェルタリン複合体(shelterin)が中心的な役割を果たしている.
テロメア最末端はDNA損傷として認識されないよう, そのテロメア一本鎖突出末端のG tailが二本鎖テロメアDNAが開裂した部分に入り込みd-loopを形成している.
t-loopの維持にはTRF2などから構成されるshelterin複合体が必須であり,この複合体は一種の糊付けタンパク質として機能している.
t-loopの形成により, DNA損傷応答の惹起が抑制される. またshelterinはtelomeraseの働きを正・負いずれにも調節し, テロメア長を制御する.
テロメラーゼはテロメアを伸長する酵素で1本のRNAと複数のタンパク質から構成されるリボ核タンパク質.
テロメラーゼ活性に必要な最小成分はhTERT(human telomerase reverse transcriptase)とhTERC (human telomerase RNA component)であることが知られている.
hTERC/hTRはテロメアと相補的な配列を含む非コードRNA(non-coding RNA)である.
hTERTはhTERCを鋳型として, RNA依存性DNAポリメラーゼ(逆転写酵素)活性によってテロメアDNAを合成付加する.
hTERC/ hTRは普遍的に存在するが, TERTはテロメラーゼ活性陽性細胞のみで発現が認められる.
ヒトの細胞においてはテロメラーゼ活性の有無は主にhTERTの発現有無に依存しており, がん細胞は hTERTを発現させテロメラーゼ活性を獲得しreplicative senescence(分裂による老化)を回避している.
telomeraseは逆転写酵素であるTERTと, RNAサブユニットのtelomerase RNA component (TERC)を中心としたRNAタンパク複合体で 正常では, embryonic stem cellおよび一部の成人stem cellなど限られた細胞のみで活性化されている.(通常の体細胞ではTERT発現はなく, telomeraseは活性化されていない)
がん細胞では, さまざまながん種において, telomerase活性が亢進している. gliomaにおいても特にoligodendrogliomaとglioblastomaにおいて極めて高頻度にテロメラーゼ高活性が認められることが報告されている. *5
テロメラーゼ活性はPCRを用いたTRAP(telomeric repeat amplification protocol)アッセイ法により高感度に検出ができる*6
がん細胞でtelomeraseが活性化する機序は長らく不明であったが, 2013年にメラノーマにおいてTERT promotorの点突然変異が高頻度にみられることが報告された.
点突然変異の部位は5番染色体上のほぼ2カ所に限定され, いずれもシトシン(C)がチミン(T)に変換されている. hot spotとして,C228T, C250Tと記載される.
個々の腫瘍ではいずれか一方のみが認められる相互排他的変異(mutually exclusive mutaion).
いずれのpoint mutationもプロモーターにGABPという転写因子の新しい結合部位を生成, プロモーター機能が活性化されTERTの転写が亢進, これによりテロメラーゼの活性化をもたらす. *7
TERT変異はさまざまながん種でみられ*8 *9, もっとも高頻度なのがglioma, これに続き脂肪肉腫, 尿路系がん, 肝臓がん, 甲状腺がんに認められる。一方, 乳癌, 大腸癌, 前立腺癌, 白血病などではまれ.
TERT点突然変異以外にも, TERT発現を調節する機構が推察されている.
小児脳腫瘍では, TERT点突然変異はまれであるがpromotor領域のメチル化が見られ, これがTERT発現亢進を起こしている可能性が示唆されている. *10
がん細胞の無限に分裂する機能はテロメラーゼにより染色体末端のテロメアDNAを伸長することにより維持されている。しかし約10%のがん細胞, 不死化培養細胞では, テロメラーゼ活性が検出されない.
このような細胞でテロメラーゼ非依存性のテロメア維持機構*11をALT(alternative lengthening of telomeres)とよび, ALTによりテロメアを維持する細胞をALT細胞という.
ALT細胞の特徴
1. テロメア長が長く, 長さの差異が大きい
2. APB(ALT-associated PML body)核内構造体の形成*14
3. その他のALT細胞の特徴
1) chromosome orientation-FISH法によりTel+細胞に比べ高頻度に姉妹染色分体のテロメアDNA間で組み換えがおこることが示される.
2) ALT細胞では二次元ゲル電気泳動法, 電子顕微鏡観察により, 環状二本鎖テロメアDNAが認められる.
3) 中期染色体進展標本のFISH観察でALT細胞には, 染色体外テロメア繰り返し配列(ECTR; extrachromosomal telomere repeat)が高頻度にみられる.
ALT細胞のテロメアDNAのG鎖, C鎖にはそれぞれ特徴的な一本鎖構造が見いだされ*16, 環状テロメアDNAは染色体末端のテロメアDNA内の相同組み換えにより生じ,
それを鋳型にしたローリングサークル型複製によりALT細胞がテロメアDNAを効率よく伸長合成するモデルが考えられている.
遺伝子ノックダウンにより相同組み換えやDNA損傷応答に関わる遺伝子群からALT細胞の増殖やテロメアDNAの維持に重要な遺伝子が同定されており*17, これは通常の染色体DNAの組み換えや修復に関わる遺伝子がALT機構においても機能していることを示唆している.
ALT細胞とTel+細胞のハイブリッド細胞では, ALT細胞に特徴的なヘテロなテロメア長が徐々に観察されなくなる.*18これは, ALT機構を抑制する遺伝子がTel+細胞では機能し, ALT細胞ではその機能が欠失していること示唆する. その候補遺伝子としてATRXとDAXXが報告されている. *19
ATRX (alpha thalassemia/ mental retardation syndrome X-linked)とDAXX (death-domain associated protein)
これらの現象はATRXまたはDAXXの機能が欠損することでALT機構が誘発されることを示唆している.
1) 上皮系細胞に由来する癌細胞では, ほとんどがテロメラーゼによりテロメアが維持されている. 一方 肉腫ではほぼ半数の例にALTが機能していることが知られている.
2) 間葉系細胞ではテロメラーゼ発現が厳密に制御されており, 間葉系細胞由来の悪性腫瘍細胞ではALTでテロメアを維持している傾向が強いことが言われている.¬e{:
3) 中枢神経系に由来する悪性腫瘍の一部にはALTが多い.
ATRXの免疫染色は成人gliomaの診断に使われる.--->脳腫瘍のページ