Wikipathologica-KDP
the Wnt homepage-Stanford Uni.
WntタンパクとWnt/βカテニン経路*1†
Wnt(ウィント)タンパクは分子量約4万の分泌型のシグナル分子(分泌性糖タンパク質)で局所的仲介物質として働く。19種類のWntがサブファミリーを形成する。
Wnt/βカテニンシグナル伝達経路は線虫, ショウジョウバエから哺乳動物まで種をこえて保存されており, 初期発生, 形態形成, 出生後の細胞増殖, 分化を制御している。
- 細胞表面のWnt受容体は7回膜貫通タンパクのFrizzledファミリ-に属する。この受容体構造はGタンパク連結型に類似し, 一部はGタンパクとイノシトールリン脂質によるシグナル伝達を行うがWnt受容体は細胞質のDishevelled(Dvl)を必要とするGタンパクに依存しない経路を使っている。
- WntのDishevelled依存経路では多機能タンパクβカテニン(β-catenin)分解が調節されている。βカテニンは細胞間接着にかかわると同時に隠れ遺伝子調節タンパクとしても働く。
■Wntシグナル伝達のない場合
- 細胞βカテニンの大部分は細胞間接着結合部分に局在し, 膜貫通型の接着タンパクであるカドヘリンcadherinと会合体を作る。このような接着部位のβカテニンはカドヘリンとアクチン細胞骨格との連結を助けている。カドヘリンと会合していないβカテニンはすべて細胞質ですみやかに分解され, 転写促進因子として作用するβカテニンタンパクは厳密に少量に制御されている。
- 細胞質においてβカテニンは複数のタンパク質からなる大型の分解複合体により分解される。
- Wntが存在しないと足場タンパクのAxinが癌抑制遺伝子産物APC(Adenoma polyposis coli), タンパク質リン酸化酵素GSK-3β(Glycogen synthase kinase-3β), CK1-α(casein kinase 1α), βカテニンと複合体を形成する。
- CK1-αをコードする遺伝子CSNK1A1は MDS-del(5q)で中間欠失部に局在し, 反復性変異が認められる。
- 複合体内でβカテニンはセリン/トレオニンキナーゼであるGSK-3βによりリン酸化され, リン酸化されたβカテニンはユビキチン化をうけ最終的にプロテアソームで分解される。[1]
■ Wntシグナルがある場合
- Wntが細胞膜上のFrizzledと共役受容体である1回膜貫通型LRP5/6(Low-density lipoprotein receptor-related protein5/6)に結合するとDvlを介したGSK-3依存性のβカテニンリン酸化が抑制される。
- 低リン酸化状態になったβカテニンは分解されず細胞質に蓄積し核内に移行した後, 転写因子のTcf/Lef(T cell factor/ Lymphoid enhancer factor)と複合体を形成する。
- Wntシグナル伝達の核内標的遺伝子は,通常, 抑制補助タンパクGrouchoに結合するTcf/Lefファミリーのタンパク質からなるタンパク複合体が阻害的に働いて休止状態にある。
- 増加して核内に入り込んだβカテニンはGrouchoと置き換わることで活性化補助因子として機能し標的遺伝子転写を誘導する。
- βカテニンにより活性化される遺伝子群にはc-myc, c-jun, cyclinD1, matrilysinなど細胞の増殖や分化の強力な促進因子が含まれる。
Wild typeの翅毛は整然と配列している。Wnt経路の各遺伝子変異欠失により毛の性状に異常がおこる。その異常を遺伝子の名前に使っているんですね。アルマジロやセンザンコウはショウジョウバエ胚表皮クチクラ層の異常な形態がそれぞれの動物のウロコのような皮膚に似ているところから。
ショウジョウバエとほ乳類のWnt因子対照表 (クリックで大きな表が見られます)
armadilloは哺乳類 β-cateninのホモログ, pangolinは転写因子LEF-1と相同性がありその遺伝子はβ-cateninと相互作用するタンパクをコードする。この相互作用はWntシグナルを核へと伝達するのに不可欠である。
TCF-1とLEF-1
両者は深く関わりあい, もともとはリンパ球の発生に関わる核内タンパク質またはT細胞受容体複合体の構成因子として発見された*2*3
Wntシグナルが機能していないときはTCF-1とLEF-1はGroucho(ヒストンデアセチラーゼを引き寄せる核内タンパク質)と複合体を形成してヒストンの脱アセチル化をきたし, ヌクレオソームのDNAは高密度に凝縮されRNAポリメラーゼが接近できない状態にしてDNAの転写を抑制している。(図下)
β-cateninがTCF-1, LEF-1に結合すると, Grouchoは抑制標的との相互作用を邪魔され, DNAは再びアセチル化する。β-cateninと会合したTCF-1(またはLCF-1)は細胞増殖, 分化, または細胞死を引き起こす遺伝子の転写を、細胞の種類と細胞がおかれた状況により, 開始する。
- Groucho: ショウジョウバエ眼周囲の剛毛の数が増える変異体分子の名前で、ゲジゲジ眉がトレードマークであったアメリカの喜劇俳優, Groucho Marx(1890-1977)にちなんで名付けられている。
このような発見からβ-cateninは細胞膜近傍か核のどちらかに局在し, 特に核にあるときは一連の遺伝子発現に影響を与えると考えられている。
癌とWnt/βカテニン経路遺伝子異常†
ヒトのいろいろな癌ではWnt/βカテニン経路の遺伝子, βカテニン, APC, Axinの遺伝子異常が高頻度に認められる。これらの癌細胞ではβカテニンが細胞質や核に異常な蓄積をしている。
- exon3領域はCKI-αとGSK-3によりリン酸化されるアミノ酸配列およびユビキチンリガーゼFbw1の認識アミノ酸配列を含む。exon3異常によりリン酸化やユビキチン化を受けなくなった変異βカテニンが細胞質や核に蓄積すると考えられる。
- βカテニンWnt系情報伝達とはカドヘリンを介した細胞接着の双方において中心的役割をはたす分子。
CTNNB1遺伝子(=βcatenin gene)は3p22-p21.3に局在する。
βカテニン タンパク質は781アミノ酸, 92kDa. N末端からC末端に向け, serine-threonine glycogen synthase kinase-3β(GSK-3β)によるりん酸化部位, α-catenin結合部位, 12のアルマジロリピート(ARM), transactivating domainを含む。分子内複数の部位が種々のリン酸化酵素や脱リン酸化酵素によりリン酸化・脱リン酸化の修飾を受ける。広範な組織に発現し, 細胞質と核に局在する。
カドヘリンとの結合は前半10個のアルマジロリピート(ARM)が関与する。α-cateninとはARMのN末端側境界からN末端までと結合する。
- 家族性大腸腺腫症(FAP)の原因遺伝子として同定されたAPCの遺伝子異常は散発性大腸癌の約80%にも見出される。異常はAPCの変異多発領域に認められ大部分が終止コドンとなってC末端が欠損する。
変異APCはβカテニンとの結合は保たれているがAxinとは結合できず, βカテニンの効率的なリン酸化ができず分解低下と蓄積がおこると考えられる。
- Axinの遺伝子異常
ヒトにはAxin1, Axin2の2つのAxin遺伝子が存在する。Axinの異常を示す症例報告は多くないがいずれもAPCとGSK-3β結合部位の欠損が生じ複合体が形成されないためβカテニンのリン酸化やユビキチン化が抑制され, その結果βカテニンが蓄積すると考えられている。大腸癌, 肝臓癌, 脳腫瘍ではAxin1, 大腸癌ではAxin2の異常が報告されている。*4
肺線癌(磐田市立病院症例) β-catenin免疫染色†
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