二十数塩基ほどの小さな1本鎖RNA分子。転写後調節による遺伝子の発現抑制効果により遺伝子発現調節をおこなう。動物界だけでなく植物界でも細胞内でつくられ発生や形態形成プロセスで働くことが知られてきた。現在データベース*1には1000を超えるヒトmiRNAが登録されている。-->miRBase; http://www.mirbase.org/
miRNAのプロセッシング(図はキアゲン社の公開動画より)
細胞内におけるmiRNAの生合成過程を総称してプロセッシングとよぶ。
核内
- miRNA遺伝子はヒトゲノム上のcoding geneまたはnon-coding geneのexonおよびintron内に存在する(どこにでもある, ということですね。)
- 哺乳動物の約半分のmiRNAはタンパク質をコードするmRNA前駆体のintron領域に存在する。
- 同一ファミリーのmiRNAがclusterを形成することもあれば異なった染色体上に存在することもある。
- おもにRNA polymelaseⅡが働き, いくつかのstem-loop構造*2を有する数百から数千塩基程度の前駆体であるprimary miRNA(pri-miR)が核内で転写される
- pri-miRはDrosha/DGCR8を含む複合体のプロセッシングをうけて70塩基程度のprecursor miRNA(pre-miR)となる
- Droshaは核内リボヌクレアーゼ(RNase)Ⅲで, Digeorge syndrome critical region gene8(DGCR8)および複数の補助因子と複合体を形成している。DGCR8がpri-miRNAと結合しヘアピン構造と1本鎖構造の分岐点から約11塩基はなれた部位でDroshaがヘアピン構造を切断するモデルが提唱されている*3
核外輸送
- exportin5によりpre-miRNAが細胞質に輸送される
- pre-miRNAの核外輸送ビデオ(阪大蛋白研)
細胞質
Mature miRNAによる蛋白翻訳抑制の機序は完全にはわかっていない。翻訳開始や伸長段階での阻害, 翻訳された蛋白の分解あるいはmRNAそのものを分解するなどが考えられている。いずれにしても遺伝子産物の蛋白ができず転写後調節による遺伝子の発現抑制効果を生み出すことになりRNAサイレンシングと総称する。
ヒトではmiRNAの標的遺伝子の一つが幹細胞状態を保つ遺伝子であることが最初にわかった*4。レチノイン酸をES細胞に働かせるとmiRNAの一種であるmiR-23が発現し, 標的遺伝子Hes-1の蛋白合成が抑制され神経細胞への分化が進行した。(Hes-1はDelta/Nochシグナル伝達の下流で働く分化抑制タンパク質の遺伝子. 幹細胞の性質を維持する遺伝子の一つ). 遺伝子発現の調節機構としてmiRNAが働いている。
癌とmiRNAの関係を示した最初の発見はCLL(慢性リンパ球性白血病)でなされた。
さらに癌細胞においては欠失(LOH)や増幅がおこりやすい染色体上のゲノム不安定領域(fragile site)にmiRNAがしばしば存在することが報告されmiRNAの異常は一部の癌に限られたものではなく発癌機構自体にmiRNAが直接かかわっているとかんがえられるようになった。
miRNA microarray, beads-based flow cytometryおよびhigh-throughput deep sequencingの開発によりゲノムワイドなmiRNAプロファイル(miRNAome)を腫瘍分類・診断・予後予測に役立てる研究がすすんでいる。
miRNAプロファイルは正常組織と癌組織の区別, 癌の由来臓器や組織の識別ができるだけではなく同一組織由来の癌サブタイプをも区別できると考えられるようになってきている。
miRNAの発現パターンは予後予測のためのバイオマーカーになりうることが示唆されている。
●miRNAにはがん抑制遺伝子として機能するものと, がん遺伝子として機能するものがあると考えられる。
がん抑制遺伝子の代表例としてlet-7 familyが挙げられる。
- 線虫の発生マスター調節因子として知られていたLIN14タンパク質のmRNA, 3'URTと相補性 のある22塩基前後の小分子RNAとしてlet-7およびlin-4がLIN14タンパク質の発現調節をしていることが発見された。
- let-7は線虫からヒトに至るまで発生分化に必須の役割を担う他, 肺癌をはじめとする多くの癌で発現低下が認められ, がん遺伝子RAS, HMGA2, MYCなどの発現を抑制することが明らかになっている。
がん抑制遺伝子として働く代表的miRNAとしてmiR-143/ miR-145がある。局在は5q32.
- 大腸癌などで高頻度に発現低下がみられる。
- miR-145は幹細胞誘導に維持に関与するOCT4, SOX2, KLF4を標的遺伝子として発現抑制し、癌幹細胞分化を誘導する*7
がん抑制遺伝子的に作用するmiRNA
miRNA | 主な標的遺伝子 | 主な悪性腫瘍 | 作用と影響 |
let-7 family | RAS, MYC, HMGA2, LIN28 | 肺癌, 乳癌 | 増殖促進, 癌幹細胞維持 |
miR-15a/ 16-1 | BCL-2 | CLL | apoptosis抑制 |
miR-29 | TCL-1, MCL1, DNMT3a/3b | 白血病, リンパ腫, 肺癌など | epigenetic異常, apoptosis抑制 |
p85a(PI3K), CDC42, CDK6, MCL1 | |||
miR-34 | CCND1, CCNE2, CDK4/6, | 膵癌, 大腸癌, 乳癌 | DNA損傷蓄積 |
E2F3, MYC, MET, SIRT, BCL-2 | |||
miR-101 | EZH2 | 前立腺癌, 乳癌 | epigenetic異常 |
miR-143/145 | OCT4, SOX2, KLF4 | 大腸癌 | 癌幹細胞維持 |
miR-200 family | ZEB1, ZEB2, SOX2, KLF4, BMI1 | 乳癌 | EMT転移促進, 癌幹細胞維持 |
がん遺伝子的に機能するmiRNA(転移・浸潤含む)
miRNA | 標的遺伝子 | 悪性腫瘍 | 作用・効果 |
miR-10b | HOXD10 | 乳癌 | 転移促進 |
miR-17-92 | E2F, BIM, PTEN, HIF-1α | リンパ腫, 肺癌など | 増殖促進, apoptosis抑制 |
miR-21 | PTEN, PDCD4, TPM1 | 白血病, 乳癌など | apoptosis抑制 |
miR-106b-363 | p21CIP1, BIM | 食道癌, 肝癌 | 増殖促進 |
miR-155 | MAF, SHP1, TP53INP1 | 白血病, 肺癌など | 増殖促進, apoptosis抑制 |
miR-196 | HOXB8, HOXC8, HOXD8, HOXA7 | 白血病 | |
miR-221/222 | p27KIP1, KIT | 前立腺癌, 甲状腺癌 | 増殖促進 |
miR-372/miR-373 | LATS2 | 睾丸腫瘍 | Hippoシグナル抑制, 増殖促進 |
miR-373, miR-520c | CD44 | 乳癌 | 転移促進 |