乳がんは必ずしも均一ではなく, heterogenousな疾患単位であるが, 基本的には点変異, 染色体増殖, 欠失, 再構成, 転座, 重複などの遺伝的異常が徐々に蓄積することが原因となる.*1*2
生殖細胞系列変異は全乳がんのおよそ10%にみられ, 大部分は散発性で, 体細胞の遺伝子異常に起因すると考えられる.
乳がんのリスク因子で最も重要なもののひとつは家族歴である. 家族性乳がんは全乳がんの全体の20%を占めるが, その原因遺伝子の多くは同定されていない.
乳がん感受性遺伝子(右図*3)は, 頻度と発症の可能性により
家族性乳がんは全乳がんの20-30%を占める. BRCA1とBRCA2は遺伝性乳がんおよび卵巣癌症候群に関連する主要な高浸透率遺伝子であり,合わせると遺伝性乳がんの半分近くを占める.
またCHEK2, TP53, PTEN, STK11などの, まれな乳がん感受性遺伝子が同定されている.
ゲノムワイド関連解析により同定されたいくつかの低浸透率遺伝子や座位が家族性乳がんの一部(5%未満)に認められる.
家族性乳がんの約50%はまだ原因が明らかにされていないが, まだ同定されていない遺伝子あるいは多因子感受性により発症すると推察されている.
&ref(): File not found: "mark-R.jpg" at page "Breast cancer - 乳癌の基礎"; その他の高リスク, 低頻度の乳がん感受性遺伝子としてTP53, PTEN, STK11/LKB1, CHD1が認められている.
&ref(): File not found: "mark-Or.jpg" at page "Breast cancer - 乳癌の基礎"; 中浸透率, 低頻度の乳がん素因遺伝子
&ref(): File not found: "mark-B.jpg" at page "Breast cancer - 乳癌の基礎"; 低浸透率, 高頻度の乳がん素因遺伝子
&ref(): File not found: "mark-B.jpg" at page "Breast cancer - 乳癌の基礎"; マイクロサテライト不安定性と乳がん
&ref(): File not found: "mark-B.jpg" at page "Breast cancer - 乳癌の基礎"; マイクロRNA(miRNA)と乳がんの発がん感受性
BRCA1とBRCA2の変異は, 顕性(優性)遺伝する遺伝性乳がんの約50%に認められる. 変異保有者は一般集団ではまれだが, 特定の集団(i.e. アシュケナージ系ユダヤ人)では頻度が高いことがある.
変異により乳がん相対リスクは一般集団の10~30倍となり, 乳がんの生涯リスクはほぼ85%となる.*12
BRCA1とBRCA2の生殖細胞系列変異には1000以上の変異が同定されている. 原因となる変異により多くの場合短いタンパク質が生成されるが, タンパク質機能喪失をきたす変異も認められる.*6*5
BRCA1とBRCA2変異の浸透率とがん発症年齢は, 家族内, 家族間で多様. BCRAの特定の変異に加えて, 遺伝子間相互作用や遺伝子-環境間の相互作用がBRCAによるがんリスクをどのように変化させるか盛んに研究されている.*13*14
BRCA1関連乳がんは, BRCA2関連乳がんおよび散発性乳がんとは異なる特徴をもつ.
- 典型的には若年で発症, 進行が早い.
- 組織学的に高悪性度で, 増殖率が高い. 異数体でありER-, PgR-, HER2-のトリプルネガティブ.
- triple-negativeのphenotypeは, さらに, CK5/6, CK14, CK17, EGF, P-cadherinの基底細胞様(basal-like)遺伝子発現プロファイルを特徴としている.*15
BRCA1とBRCA2は多機能の大きなタンパク質をコードし, 主に相同組み換えによるDNAの二本鎖切断の修復を進めることでゲノム安定性を維持し, 古典的ながん抑制遺伝子として機能している (下記)*15*16
&ref(): File not found: "mark-Or.jpg" at page "Breast cancer - 乳癌の基礎"; BRCA変異陽性乳癌の予後は,BRCA陰性の一般の乳癌と比べて決して悪くないことがBRCA遺伝子変異陽性と陰性の乳癌の方の予後を前向きに長期調査した研究により示されている. *17
この試験はイギリスで40歳以下で浸潤性乳癌と診断された患者さんの生殖細胞系でのBRCA遺伝子変異を調べて,変異を持つ症例と,持たない症例の予後を前向きに観察する研究.
TP53のように細胞周期を直接抑制するgate keeperではなく, ゲノム安定性に必須なcare taker型がん抑制遺伝子で, DNA損傷修復, 細胞周期チェックポイント制御, クロマチン再構成remodeling, 中心体制御など多彩な機能を有している. *18. これらはすべてゲノム安定性を維持するための機能である.
DNA損傷応答/修復はヒト発がんの抑制に機能する一方, DNA修復機能が亢進しているがん細胞では抗がん剤や放射線による細胞死が誘導されにくく治療抵抗性となる.
BRCA1/2の機能のうち, DNA相同組み換え修復(homologous recombination repair: HRR)は, 最も重要で, PARP(Poly(ADP-ribose)polymerase)阻害剤の感受性を左右する.
DNA二本鎖切断(double-strand break: DSB)を配列エラーなく元通りに修復する機構がHRR. 細胞にとって, DSBは一本鎖切断(single-strand break: SSB)にくらべより致命的であり, 可及的速やかに修復する必要がある.
DSBは, アントラサイクリン系や架橋剤などの化学療法薬, 放射線の他, DNA複製にともなって発生する.
DSBの修復機構には, 切断端を単純に再結合する, 非相同末端再結合(non-homologous end-joining: NHEJ)と姉妹染色分体を鋳型にして損傷部位をより正確に修復するHRRがある.*22*23
細胞周期において, HRRが可能なのは姉妹染色分体が存在するS期およびG2期に限られる. G1期の細胞はNHEJにより修復される.NHEJは比較的正確であるがDSBの生じ方によってはエラーを起こす可能性がある.
相同組み換え修復(homologous recombination repair; HR) *24
DNA二重鎖切断は染色体の欠失や転座をひきおこす重篤なDNA損傷で, 電離放射線により誘発されることが知られていた.
最近の研究では, 損傷塩基と複製フォークの衝突によってもひきおこされることが示された.
塩基, およびヌクレオチド除去修復では, 損傷塩基を除去後に無傷の一本鎖DNAを鋳型にして修復合成できるが, DNA二重鎖切断にはこの方法が使えない. 修復には, S期あるいはG2期に存在する姉妹染色体分体の相同な部位を鋳型として使用する.
1. 損傷部に複合体MRN(MRE11/RAD50/NBS1), BCRA1, およびDNAヌクレアーゼCtIPとの複合体が形成される.
2. CtIPがDNA切断端から3'側のDNAを切除して, 一本鎖DNAを生成, RPA(複製タンパク質A)との結合により安定化する.
3. 次にBRCA2がRPAとRAD51との交換反応を促進, 一本鎖DNAにRAD51が巻きついたヌクレオフィラメントを形成する.
4. RAD51フィラメントは, 姉妹染色分体の塩基配列が相同な部位に侵入し, CtIPが分解した一本鎖のそれぞれが修復合成される. その後, ホリデイジャンクション中間体を経由して修復が完了する.
5. MRN複合体の成分NBS1を欠失したナイミーヘン症候群(Nijmegen breakage syndrome: NBS)では高頻度にリンパ腫の発生が報告されている.
BRCA1, BRCA2は家族性乳がんのタンパク質でありゲノム安定性に重要なタンパク質である.
家系内集積性乳がん/ 家族性乳がん: 家系内に複数の患者さんがみられる乳がん.*21
遺伝性乳癌: 家系内集積性乳がん/ 家族性乳がんの中で常染色体顕性(優性)遺伝性の遺伝子の存在が強く示唆される乳癌*21
全乳がんの15-20%が家族性乳がんで, その約1/3が遺伝性乳がん(全乳がんの5%)
遺伝性乳がんの60-70%がBRCA1/ BRCA2遺伝子の変異により発生する遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(hereditary breast and ovarian cancer: HBOC).
合成致死性(Synthetic lethality): 酵母遺伝学の言葉で, ある1つの遺伝子Aに欠損がおこっても, その機能が他の遺伝子Bにより補完されると細胞は何ら不都合がないのに対し,
お互いに補完しあう遺伝子A, B両方に欠損がおこると細胞が死ぬ現象.
PARP阻害薬の作用機序は合成致死性であり, この場合の遺伝子AはPARP, 遺伝子Bは, BRCA1/2を含むHRRに必須な遺伝子となる.
PARP(poly(ADP-ribose) polymerase)は, ポリADPリボシル化により側鎖をもつADPリボース鎖を, PARP自身を含む標的タンパク質に付加する酵素である.
ADPリボース鎖は種々のDNA修復タンパク質をDNA損傷部位に誘導し, DNA一本鎖損傷修復(single-strand break repair:SSBR)*25,と代替非相同性末端再結合(Alternative non-homologous end-joining: Alt-Ej)に必須な役割を果たす.
ヒトではPARPは18ものメンバーをもつファミリーを形成するがこれらの機能に関わるのは主にPARP1であり, PARP2は一部補完的な役割を果たしていると考えられている.
従来の抗がん剤の腫瘍効果はDNAを損傷させ細胞死を誘導するものであり, BRCA変異などによりDNA損傷修復能が低い細胞では合成致死(synthetic lethality)が誘導されやすい. 実際DNA損傷修復能が低いHBCOはDNA障害型抗がん剤(カルボプラチンなど)に感受性が高いことが明らかになった
PARP阻害薬のPARPに対する作用
漿液性卵巣がんのゲノム解析では, 約50%にBRCA1・2遺伝子, Fanconi貧血関連遺伝子, EMSY遺伝子, PTEN遺伝子などの異常がみつかりDNA損傷のHR修復機構が低下している可能性が示唆され, これらの卵巣がんには, PARP阻害薬, あるいはカルボプラチンなどの白金製剤による治療が有効と考えられた.
BRCA1・2遺伝子変異があっても, DNA損傷修復機能が保たれ, PARP阻害薬に抵抗性を示す症例があるため, BRCA1・2遺伝子変異陽性乳がん/卵巣がんを対象としたPARP阻害薬の臨床試験は期待したほどの治療効果はえられなかった.
1.recombination proficiency score(RPS)*28: DNA損傷修復に関わる遺伝子の中から4種類の遺伝子(Rif1, PARI, RAD51, および Ku80)を選び遺伝子発現量を利用する.
これら4種類の遺伝子発現量が多い場合を lowRPSとし, low RPS腫瘍は変異原性が高く, 臨床症状が高度で低生存率. HRの抑制はゲノム不安定性をより強くして悪性度の進行をきたすと推察される.
2.homologous recomibination deficiency score(HRD): PARP阻害薬の感受性例を選別するためにがん組織のDNA損傷修復機能を数値化した指標.*27
SNPアレイとシークエンス技術を組み合わせた情報からゲノムの再構成の状態を解析して
- loss of heterozygosity(HRD-LOH)スコア
- telomeric allelic imbalance(HRD-TAI)スコア
- largescale state transition(HRD-LST)スコア の3種を算出統合.
HRDスコアが高い(positive)症例はDNA修復能が低く「感受性」であり, スコアが低い(negative)症例はDNA修復能が維持されているために「抵抗性」である可能性を示す.
大多数の乳癌は散発性(>80%)であり, 多くの体細胞性遺伝的変異の蓄積により発症する. 典型的な乳癌は50~80の種々の体細胞変異をもつと報告されている.*29*30
これまでに数百の体細胞性乳癌遺伝子候補が, GWASなどにより同定されている.遺伝子変異が乳癌発症にどのような機能をはたしているかを解析することが今後の課題であるが, これまでに同定されたDNA変異の 多くはパッセンジャー(passenger)変異であり発がんに影響をあたえていない.*29*30
細胞増殖を促進し発がんに関係するドライバー(driver)遺伝子は定義上, 候補がん遺伝子(candidate cancer gene;CAN)に含まれる.*31
体細胞変異とCANの網羅的目録が蓄積されており, 特定のドライバー変異が複数の乳癌集団中に同定され, 二層性の遺伝学的俯瞰図(genetic landscape)が示される.(右図;図はcolorectal cancerのもの.*30.); 少数の高頻度変異がつくる「山」と数百のまれな変異が形成する「丘」から構成される.
乳癌での「山」は, TP53, CDH1, PI3K, AKT, cyclinD, PTENなどの高頻度変異遺伝子に対応している. 一方, 乳癌での「丘」は, 典型的には乳癌の5%以下に認められる*13.
これらの乳癌のDNA変異多様性は, 腫瘍の性状や治療反応性などの表現型の多様性の原因となる可能性がある.*32
★「山」に注目した遺伝子解析がおこなわれてきたが, 最近の解析結果では, 乳癌でより重要な役割を果たしているのは「丘」の遺伝子であり, わずかな生存優位性をもった個々の変異を多数獲得することが腫瘍の進展を促進すると考えられるようになった.
「丘」を構成する低頻度の変異の多くは, 乳癌発症にかかわる少数の生物学的グループあるいは細胞シグナル伝達経路へと集約でき, genetic landscapeの複雑性は大幅に単純化されるようになった. 個々の変異より共通する経路が乳癌の発生過程を制御しているといえる.*32
乳癌では反復性の点変異は他の固形腫瘍と比べて少ないが, ゲノムの特定領域がしばしば増幅しており, そのような領域ではがんの進展を促進する遺伝子が含まれている.(ie. HER2がん遺伝子を含む17q12 )
HER2がん遺伝子を含む17q12;領域は増幅すると悪性度が高まり抗体療法であるtrastuzmab;Herceptinの標的となっている
17q12内で一緒に増幅されている遺伝子をRNAiでknockdownすると細胞増殖は抑制されアポトーシスが亢進する.
17q12増幅領域はがん化にかかわる協調的な遺伝的プログラムをコードしていると考えられる.*33
17q12以外に, 11q13(CCND1), 8q24(MYC), 20q13などの増幅領域ががん形質を促進し乳癌の予後を決定すると考えられる*34.
これらの領域には, DNA代謝や染色体完全性(chromosomal integrity)の維持に必要な遺伝子が含まれ, 抗がん治療に使用されるDNA障害性薬物への応答性が特定の増幅領域により影響されている可能性がある.*35*36
数百から数千のmRNAを同時に評価する技術の開発により, 異常なDNAから転写された mRNAsの発現パターンから活性化されたプログラムや腫瘍の性質を予測することが可能となった(分子シグネチャー)---> 乳癌の分子分類