Wikipathologica-KDP

MDS(myelodysplastic syndromes)におけるクロマチン制御因子遺伝子異常

全ゲノム解析で発見されたAML/ MDSの遺伝子異常

 

SNPアレイや次世代シークエンサーをもちいたAML, MDSの網羅的ゲノム解析はこれら疾患の発がんにかかわる新たな遺伝子変異の同定をはじめ, 白血病発症における遺伝子(ゲノム)異常とエピゲノム異常の綿密な関連を明らかにした。
具体的には, DNMT3AやTET2, IDH1/2などDNAのメチル化にかかわる因子やEZH2, ASXL1などのクロマチン制御因子の変異による異常がAML/ MDSを含む一群の骨髄系腫瘍で高頻度に発生していることを明らかにした。

 

このような変異はエピジェネシス制御異常(=遺伝子発現の異常)を引き起こしAML/ MDSの発症にかかわっている可能性が推察されている。

 

isocitrate dehydrogenase1/ 2 (IDH1/ IDH2)

 

この遺伝子のofficial name isocitrate dehydrogenase 1 (NADP+), soluble. グリオーマの大規模コーディングシークエンス解析およびAMLの全ゲノムシーケンスにより同定された遺伝子変異。

citrateCycle03.JPG

異常IDH1/2により蓄積する2HGはαKGアナログとしてTET2活性を競合的に阻害することが生化学的に示されている。この過剰生産された2HGによるTET2機能障害が腫瘍化にかかわっていることが推察されている。

TET2- tet methylcytosine dioxygenase 2

MDSのSNPアレイ解析により, TET2 (Ten-eleven translocation oncogene family member2)が4q24の微小欠失領域に同定された。4qLOH(loss of heterozygocity)の標的遺伝子。

TET2, TET2に近いTET1他を含む, TETファミリー蛋白は二価鉄イオンとαKG(αケトグルタル酸)依存性にDNAの5メチルシトシン(5-methylcytosine; 5-mc)を5ヒドロキシメチルシトシン(5-hydroxymethylcytosine; 5-hmc)へ変換するmethylcytosine hydroxylaseとして作用することが見出された。*3
このように, TET2は脱メチル化に関与しており, 機能喪失型変異により脱メチル化が阻害されることになる。TET2遺伝子変異をもつ患者はDNA高メチル化を認めるとの報告がある*4

変異IDH1/2はαKGを2-hydroxyglutarate(2-HG)へと変換して, αKGによるTETファミリーの酵素活性触媒作用を妨害するためTET2機能が阻害され脱メチル化が抑制されるという機序が想定されている。(正常IDH1/2の機能の項参照) 実際TET2変異とIDH1/2変異は共存しないようである.*5

 
 

--->>''TET2 mutationのページを見る。

 

DNMT3A (DNA (cytosine-5-)-methyltransferase 3 alpha)

DNMT3A変異はAMLの網羅的シーケンス解析により見出された体細胞変異*6*7 2p23に位置。
DNMT1がDNA複製時において複製鎖をメチル化することにより維持メチル化を担うのに対し, DNMT3A, DNMT3Bは非メチル化シトシン新規メチル化を触媒する。

AMLでのDNMT変異のほとんどはメチル基転移酵素活性を担うC末端ドメインで生じ, 特に全変異の2/3が種を超えて保存されているR822で起こっている。

R822変異体のメチル基転移酵素活性の低下が最も顕著である。

ASXL1 (additional sex comb-like 1)

ASXL1 (additional sex comb-like 1)

ショウジョウバエのadditional sex combs(asx)遺伝子のヒトホモローグ。 局在は 20q11
遺伝的にtrithorax遺伝子およびpolycomb遺伝子のエンハンサーとしてHox遺伝子の発現調節にかかわる。

ASXL1変異はMDS, CMMLにおける変異遺伝子候補スクリ―ニングで同定された。*8

ポリコーム群遺伝子 polycomb group genes

ポリコーム群(polycomb group: PcG)遺伝子

ポリコーム群(polycomb group: PcG)遺伝子は一度決定された細胞形質が長期にわたり維持される「細胞の記憶」システムの1つとして機能する。

一例として, ショウジョウバエのホメオボックス遺伝子は前後軸に沿った体節領域決定に重要な役割をはたしている。Gap遺伝子群やPair-rule遺伝子群がおもに体節固有の前方境界を決定するが、これらの転写因子群は一過性に発現するのみである。
しかしホメオボックス遺伝子の発現パターンはクロマチン構造に記憶され細胞分裂を経て娘細胞に伝達される。このエピジェネティックな発現維持に関わる主な遺伝子群がPcG遺伝子群とトライソラックス(trithorax)遺伝子群であり, PcG遺伝子は, 発現の抑制状態の維持に, trxは活性化状態の維持に関与する。これら遺伝子のホモローグはマウスやヒトからも単離されており、それらの異常は免疫不全や癌発症に至るため医学的に注目される。

ヒトPcG複合体

PcG複合体は生化学的にPRC(=Polycomb repressive complex)1とPRC2の2種類のタンパク質複合体に大別される。

PRC1は哺乳類にはこれらのホモログが複数種存在し, HPC1/2, HPH1/2/3, RING1A/B, BMI1などから構成されている。このうちRING1A, RING1BはRINGドメインを有しE3ユビキチンリガーゼとしてH2AK119をモノユビキチン化する。H2Aのモノユビキチン化がどのような機能をはたしているかいまだ不明であるがPcG依存的な転写抑制に重要な機能をはたすことが示されている。

ヒトPCR2はEZH2, EED, SUZ12のコアタンパク質から構成されている。EZH2はヌクレオソーム中のH3K27およびH1K26に対するhistone methyltransferase(HMT)活性を有しヒストン修飾によりいずれも転写抑制に働く

Polycomb:

ショウジョウバエHOX遺伝子群に関する先駆的な研究でノーベル賞を受賞したLewisは1947年に雄の前脚に存在するsex combと呼ばれる櫛状の突起の数が増加する変異を見つけPolycomb(Pc)と名付けた。この変異をホモにもつ個体は胚性致死となるが、その胚では体幹のすべての体節がより後方の体節の特徴を示した。この表現型は単一のHox遺伝子では説明できずLewisはPcが多数のHox遺伝子を抑制する機能を果たすと提唱した。その後同様な表現型を示す多数の変異が同定されそれらに対応する遺伝子群はPcグループと呼ばれるようになった。

Pcグループ遺伝子の中で状況に応じてHox遺伝子の活性化もしくは抑制状態の維持に働きうる遺伝子群がありGildeaらはETP(enhancer of trx and Pc mutations)とよびPcやtrxグループとは区別している。ショウジョウバエのAsx(additional sex comb)はETPの一つであり, そのヒトホモログがASXL1, ASXL2である。

 
 

MDSmuta01.jpg  ASXL_PRC2.jpg


*1  Delhommeau F et al., Mutation in TET2 in myeloid cancers N Engl J Med. 2009; 360: 2289-2301
*2  Langemeijer SMC et al., Acquired mutations in TET2 are common in myelodysplastic syndromes. Nat Genet. 2009; 41: 838-842
*3  Tahiliani M, et al. Conversion of 5-methylcytosine to 5-hydroxymethylcytosine in mammalian DNA by MLL partner TET1. Sience 324(5929): 930-935, 2009
*4  Figueroa ME et al., Leukemic IDH1 and IDH2 mutations result in a hypermethylation phenotype, disrupt TET2 function, and impair hematopietic differentiation. Cancer Cell 2010; 468: 839-843
*5  Abdel-Wahab O. Genetics of the myeloproliferative neoplasm. Curr Opin Hematol. 2011; 18: 117-123
*6  Ley TJ, et al., DNMT3A mutations in acute myeloid leukemia. N Engl J Med. 2010 Dec 16;363(25):2424-33
*7  Yan XJ, et al., Exome sequencing identifies somatic mutations of DNA methyltransferase gene DNMT3A in acute monocytic leukemia. Nat Genet.2011 Mar 13;43(4):309-15.
*8  Gelsi-Boyer V, et al., Mutations of polycomb-associated gene ASXL1 in myelodysplastic syndromes and chronic myelomonocytic leukaemia.Br J Haematol. 2009 Jun;145(6):788-800.

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