胸腺は発生学的に上皮性器官で上皮細胞間に骨髄由来のリンパ球が侵入, 増殖してリンパ上皮性器官を形成する。この他, 数は少ないがマクロファージ, 樹状細胞が存在する。間質には血管結合織が認められる。
胸腺はT細胞成熟--(T細胞レセプター遺伝子の体細胞遺伝子組み換えと発現, 細胞増殖, 抗原刺激による選択, 成熟表現型と機能性の獲得)--の主要部位である。
T細胞は個々に, ただ一つの特異性しか持っていないが, それぞれの特異性は異なっているために全T細胞をみると体内には何百万という抗原に対する特異的TCR(T細胞レセプター)が存在することになり,
このT細胞の多様性をT細胞レパートリーという.
この膨大なレパートリーはゲノム上にコードされている多数の部品(遺伝子)をランダムに組み合わせて遺伝子再構成を行うことで得られている. ランダムに構成されたTCRは, すべてが有用というわけではなく, なかには有害な自己反応性のTCRも多数混在している.
多数のT細胞から, 有用なT細胞を選別し, 有害なT細胞を排除するのが胸腺の役割である.
T細胞の分化については--->T細胞の分化のページも見て下さい。
胸腺の退縮した成人でもある程度のT細胞成熟が持続していることが, 成人骨髄移植患者で免疫系が再構築されることから想像できる。退縮した遺残胸腺で十分かもしれないし, 胸腺以外のT細胞成熟の場所があるのかもしれないが不明である。
Memory T細胞は20年以上の長期にわたり生存し, 蓄積していくために加齢にともなってT細胞生成の必要性は低下する。
★ thymus 「さいむ(/ま)す-と発音」--の語源は, 仔牛胸腺のソテーの香りがハーブのタイムの香りに似ているからという話がありますが、ほんとうでしょうか。胸腺の割面がタイムの花芽に似た構造をしているからという説もありどちらが本当かわかりません。-->語源についてのブログ1 and 2がありました.
仔牛の胸腺料理「フランス料理, リー・ド・ボー(ris de veau)」なんて食ったことないのでハーブのタイムに香りが似ているかどうかなんてわからないもんねえ。誰か食べました?
第三咽頭嚢の末端に腹側翼, 背側翼があり, 腹側翼の上皮が分化して胸腺を形成する。背側翼は下上皮小体(副甲状腺)になる。両者の腺は咽頭壁と連絡を失い, 胸腺は下副甲状腺を引き連れて尾内方へ移動し最終的に胸郭内へ移動して反体側の胸腺と癒合する.
ときに尾部が残存し甲状腺内に埋没するか, 独立した頸部胸腺巣となる.*1*2
胸腺は発生学的に上皮性器官である. 肝や骨髄より遊走してきて上皮細胞間に進入, 増殖するTリンパ球前駆細胞と混合してリンパ上皮性器官を形成する.
転写因子forkhead box N1(Foxn1)は胸腺上皮細胞発生のmaster regulatorであり, Foxn1の持続発現が成人における胸腺上皮細胞形質維持に必要である. *3
頸部, 気管, 肺の発生 <--クリック拡大
甲状腺内埋没胸腺から腫瘍-胸腺癌が発症することがある。-->城南病理・SPS合同集談会2009年9月-Case08; Carcinoma showing thymus-like differentiation(CASTLE)
胸腺は胸骨の後で心臓の前上方にある白色調の臓器。中央で癒合した左右両葉のある組織です。胎生期に急激に成長し出生時は12-15g, 思春期には最大30-40gとなり, 成人では退縮して脂肪組織に埋没し肉眼的には不明瞭となってしまう。60歳では10gほどに萎縮する。(肉眼的には脂肪組織と区別がつかない)
Virtual Slide---> 乳児胸腺(1歳男児) 右クリックで新しいウィンドウで開くと便利です。(sorry. You need ID and psswrd to see Virtual Slide)
右図は乳児胸腺肉眼像および割面像。この胸腺標本には中央で割が入っています。
左右二葉の胸腺は, 小葉構造をとり各小葉は分化途上のT細胞に相当する小リンパ球(胸腺細胞; thymocyte)が密に存在する皮質(cortex)と小葉中央部に存在する, 皮質と比較してリンパ球密度の低い髄質(medulla)から構成される。
髄質のリンパ球は大リンパ球が多く, 皮質リンパ球より細胞質に富む.髄質はHEで明るく見える. 髄質にはHassal小体(上図,右下)が散在している.
胸腺皮質および髄質という機能の異なる領域でのT細胞分化, 選択の分子メカニズムについてはこれまで膨大な研究がおこなわれ詳細な解析がなされている。*4
胸腺皮質で産生される新生Tリンパ球の抗原認識特異性はTCRαβ鎖をコードする核内ゲノム構造の不可逆的変化により決定され,自己成分に対する反応性とはまったく関係ない。そのため新生TCRαβ+CD4+CD8+胸腺細胞はひとつひとつ自己分子との反応性により選択される。
胸腺細胞の実に95%が自己にとって不利なものであり選択により除去される*10新生Tリンパ球は胸腺皮質で産生され, まずcTECに発現される自己ペプチド断片とMHCの複合体(peptide major histochompatibility complex; pMHC)とTCRの相互作用により選択される。
胸腺は新生Tリンパ球のうち, 自己に対して有害な認識特異性の細胞や無用な認識特異性の細胞を排除し, 自己に有用な細胞のみを成熟させる機能をもつ。
- pMHCとTCRの親和性において, 低親和性の相互作用がある場合にT細胞の生存と分化が誘導される。この過程を「正の選択」と呼ぶ.
一方で相互作用がない(自己との反応性が弱い)場合や, 高親和性のときは, 細胞死が誘導され胸腺皮質で新生リンパ球が排除される.
マウスでは正の選択により生存と分化が誘導される細胞は新生TCRαβ+,CD4+,CD8+胸腺細胞の1-5%といわれる.
cTECに提示され正の選択を誘導するpMHCの自己ペプチドはcTECに固有であり, その他の体細胞に提示されるpMHCのペプチドとは異なる。
cTECには特異的に発現される構成鎖 β5tを含むcTEC特異的プロテアソーム(胸腺プロテアソーム)が発現される.-->胸腺プロテアソーム
プロテアソームはユビキチン化された細胞質たんぱく質を分解するプロテアーゼ複合体でありMHC classIにより提示されるペプチドは主にプロテアソームにより産生される*11
β5t欠損マウスの解析からβ5tを含むcTEC特異的胸腺プロテアソームは生体にとって有用な抗原特異性を持つMHC classI拘束性のCD8陽性Tリンパ球の正の選択に必要であることが明らかになっている。*12*13
cTECには cathepsin L*14*15やthymus-specific serine protease(Tssp)*16*17 などのプロテアーゼが高発現しており他の体細胞とは異なったMHC classII会合ペプチドを提示することでMHC classII拘束性CD4陽性Tリンパ球の正の選択を誘導する.
cTECには固有のたんぱく質分解機構が存在し, cTEC固有の自己抗原ペプチド産生提示機構により自己の生体防御に有用なTリンパ球を産生する。しかしcTECにより産生されるpMHC分子本体は未解明である。
近年胸腺皮質細胞の約10%は, 多数の幼若DP胸腺細胞を細胞質内に取り込む, 古典的に胸腺ナース細胞(thymic nurse cell; TNC)と呼ばれていた細胞であることが明らかになった.
TNCに内包されるDP胸腺細胞は, TCRα遺伝子座の遺伝子再構成に一度失敗した細胞が濃縮されていることがわかった。TNCは効率よく正の選択をされなかったDP胸腺細胞がもう一度遺伝子再構成することで再挑戦をおこなう場であることが示唆された。*18
皮質での正の選択は新生リンパ球のケモカイン受容体とTNFスーパーファミリーサイトカインを介してmTECと相互作用しTリンパ球の髄質への移動と髄質形成を制御している
mTECは特定臓器でしか発現しない遺伝子(組織特異抗原)を異所的に発現する「無差別遺伝子発現; promiscuous gene expression」とよばれる性質をもち, 全身臓器に発現される自己抗原のペプチド断片をMHC複合体としてTリンパ球に提示する。インスリンなど本来胸腺内で出会うことのない様々な末梢組織自己抗原を発現させることで免疫寛容の誘導に寄与していると考えられている。*19*20
胸腺髄質領域の希少な上皮に発現する核内因子Aire(autoimmune regulator; エア)
Aireは遺伝性自己免疫疾患の「自己免疫性内分泌症・カンジダ症・外胚葉ジストロフィー」(autoimmunepolyendocrinopathy-candidiasis-ectodermal dystorophy; APECED)の原因遺伝子として同定された。*21
Aireは無差別遺伝子発現を含むmTECの機能を制御する。Aireなどを介したmTECにおける組織特異抗原の発現はTリンパ球の自己生体成分に対する免疫寛容の確立に必須である.
髄質に移入したTリンパ球はmTECに発現される全身の自己分子群に会うことで二度目の選択をうけ, 自己分子に強く反応するTリンパ球は排除される(負の選択)
髄質にはmTECと共に樹状細胞(Dendritic cells)が集積している。mTECはAire依存性にサイトカインXCL1を産生しDCを胸腺髄質に局在させる。Aire欠損マウスではmTECによるXCL1 mRNA発現低下とDCの髄質局在不全が観察されている。*22
AIRE遺伝子は, 胸腺における一部の髄質上皮細胞で最も強く発現し, ついでリンパ節での発現が強い. さらに高感度検出法で肝臓, 脾臓, 末梢血中単球や樹状細胞でもAIRE遺伝子発現が確認されている。*10
AIREは転写因子としてT細胞が攻撃してはいけない臓器特異的なタンパク質(自己抗原)にかんする遺伝子群の発現を調節している。*10
胸腺髄質の制御性T細胞生成にはmTECとDCが関与しており, Tリンパ球の自己寛容確立に必須である. 制御性T細胞の生成は, Aire欠損マウス, XCL1欠損マウスにおいても障害される。
髄質で負の選択をまぬがれた成熟Tリンパ球は, 転写因子KLF2(Kruppel-like factor 2)を発現し, その結果スフィンゴシン1リン酸受容体(Sphingosine-1-phosphate-receptor 1; S1P1)が発現される*23
スフィンゴシン1リン酸(S1P)は胸腺を含む実質臓器に比べて血流中に豊富に存在するためS1P1を発現する成熟Tリンパ球はS1Pに誘引されて血流へ放出される。
胸腺上皮細胞;細胞数は少ないが胸腺皮質(正の選択の場), 胸腺髄質(負の選択の場)において免疫システム形成の根幹を支える細胞集団である。T細胞の分化, 選択と機能獲得の研究に比較して上皮細胞の分化や組織形成自体に関するメカニズムについては不明な点が多く残されている。
胸腺上皮細胞は細長い細胞質突起をもち相互に連絡し網状構造を形成している。末梢リンパ組織の間葉系細網細胞とは超微小形態において以下の点で異なる。*24
typeⅡとtypeⅢ上皮の一部は, 細胞質内に複数のTリンパ球を含む特殊な上皮リンパ球関連パターンをとり, 皮質最外層の被膜下に存在して, 胸腺ナース細胞 (ナーシング胸腺上皮細胞 Nursing thymic epithelial cell, NTEC)と呼ばれる.
NTECは未熟な胸腺T細胞に対して,分化・増殖・成熟という従来のナーシング機能のほかにアポトーシス生成の場を提供し,さらにアポトーシス誘導能とアポトーシス細胞の貪食・消化能を有する.
胸腺ナース細胞によるアポトーシス細胞の認識には HDL 受容体 CLA-1 が関与しており,CLA-1 はアポトーシス細胞表面のホスファチジルセリンを認識している可能性が示唆されている.
髄質のリンパ球密度は皮質より低くリンパ球はほとんどが大リンパ球で皮質リンパ球より細胞質に富む.髄質はHEで明るく見える.
髄質分泌型上皮はHassall小体周辺部にあり角化傾向を欠いて外分泌活動に関連する小器官を含んだ大型細胞で皮質型上皮細胞,角化細胞とは接着班で連なっており髄質にあって腺上皮への分化傾向を示す
小器官は神経内分泌細胞のcored vesicleに類似した小顆粒と集簇性空胞の2種類である.空胞が融合して形成された微小粘液嚢胞はPAS陽性.嚢胞壁の分泌型上皮細胞細胞質にはIgA陽性secretory componetがある.またCEA陽性となる.小嚢胞が発達して髄質の腺毛上皮嚢胞が形成されることがある.
2. 神経内分泌細胞
Hassal小体周辺の胸腺髄質に神経内分泌顆粒を有する細胞が少数散在する.これらは気道・消化管の内胚葉性上皮組織の神経内分泌細胞と同様で腫瘍化するとカルチノイドとなる
3. 副甲状腺細胞
ヒト胸腺皮膜内にしばしば副甲状腺上皮細胞集団が存在する.胸腺上皮と連続していることもある.
4. 筋様細胞
胎齢24週の胎児胸腺には免疫組織学的に確認できる筋様細胞が出現する.keratin,S-100は陰性.胎児胸腺培養や胸腺腫細胞の短期培養により筋様細胞が出現することから上皮細胞は筋様細胞に分化する能力をそなえていると推定される.
Hamazaki Y et al.*25
胸腺髄質の発生起源が明らかになり, 胸腺髄質・皮質への最初期のdiversificationと領域形成が重層上皮の形態をとる胸腺原基の頂側にあるか, 基底部側にあるかという位置情報をもって開始される可能性を示している。
胸腺皮質, cTECとmTECの系譜分岐は非対称性におこり, 互いに異なる分化経路をたどると考えられる.
pTECから分化したmTECはCD80とMHCIIの発現により高発現細胞(mTEChigh;)と低発現細胞(mTEClow;)の2種類の細胞群に分けられる.
- mTEClow;は未熟mTECを含む. (この細胞がclaudin4+ か)
- mTEChigh;は無差別遺伝子発現をおこしている機能的に成熟した細胞を含み, その多くは無差別遺伝子発現を制御する核内転写制御因子のAireを発現している。
- mTEChigh;細胞はさらに, Aire, CD80, MHCIIなど成熟マーカ発現が低いterminal mTECへ最終分化する. この細胞集団は未熟なmTECと異なり無差別遺伝子発現を保っており, T細胞自己寛容成立になんらかの働きをしていると考えられる.*30
- mTEChigh;細胞に由来するmTEClow;細胞への最終分化はAireに依存している.*31
文献*32より胸腺上皮分化の図を作成--左が非対称分化の図
mTECによる, 無差別遺伝子発現(promiscous gene expression)は, mTEC集団全体ではほとんどの組織特異的抗原の発現が検出される. 一つひとつの自己抗原は1~3%程度のmTECで発現され, mTECは遺伝子発現プロフィールとしてモザイクを形成している.*33
mTECでの無差別遺伝子発現は, 少なくとも部分的に核内因子Aireにより制御されている. Aireの機能不全はヒトで遺伝性自己免疫疾患の自己免疫性多腺性内分泌不全症I型(autoimmune polyendocrine syndrome typeI; APS-1, 別名; autoimmune polyendocrinopathy-candidiasis-ectodermal dystrophy: APECED)の原因となる.
Aire非依存的な組織特異的抗原の遺伝子座ではヒストン修飾やCpGのメチル化が転写許容状態であるのに対して, Aire依存的な組織特異的抗原の遺伝子座は転写抑制状態にあり, Aireが非メチル化ヒストンH3リジン残基4(H3K4)と会合して転写を抑制状態から許容状態に変換するepigeneticな機構が組織特異的抗原発現を制御するという報告がある.*34