Wikipathologica-KDP
ユビキチンシグナルによるタンパク質の寿命, 動態, 機能の制御*1†
ユビキチンは76アミノ酸(約8kDa)からなる, 酵母からヒトにいたるまで真核生物に普遍的に存在する小さなタンパク質でタンパク質の分解シグナルとして働き, ユビキチンが結合した不要タンパク質がプロテアソームとよばれる分解酵素に認識される。 ユビキチンは標的タンパク質(合成ミスを起こしたり、寿命を迎えたタンパク質など)に複数個付加することにより「このタンパク質を壊してくれ!!」というメッセージ(=分解シグナル)になる。
ユビキチンは「分解シグナル」としての役割が集中的に解析され、なかでも細胞周期進行に必須なことで生命科学の表舞台にでた, 現在では, アポトーシス, 免疫, シグナル伝達, 転写調節, DNA修復, 膜通行メンブラントラフィック, などにも必須の役割を果たしていることが明らかになっている。
偏在性=ubiquity: 偏在の=ubiquitous; ラテン語のubique=あらゆるところでから派生した英語から由来した名前。
2004年のノーベル化学賞は「ユビキチン依存性タンパク質分解機構の発見」に対しイスラエル工科大学のアーロン・チェハノバ教授(57), 同アブラム・ヘルシュコ教授(67), カリフォルニア大学アーバイン校のアーウィン・ローズ博士(78)に授与された。
ユビキチン化のしくみ†
ユビキチンは活性化酵素(E1), 結合/転移酵素(E2), 連結酵素/リガーゼ(E3)の3種類の酵素が連続的に作用することにより, 標的タンパク質に共有結合することがわかっている。
1. まずユビキチンはATP依存的にE1へ転移し, そのC末端はE1のSH2基とジスルフィド結合し活性化され, 高エネルギー状態となる。
2. その活性化を保ったまま, ユビキチンはE1から結合/転移酵素(E2)に移動する。
- ユビキチンとE2の結合はE2のシステイン残基を介したエステル結合である。
3. 最後に連結酵素/ リガーゼ(E3)の働きによりユビキチンは基質へと受け渡される。
- ユビキチンのC末端カルボキシル基(COOH末端)と基質のリジン残基のε-アミノ基が縮合して結合することをユビキチン化と呼ぶ。 このペプチド結合は主鎖ペプチド結合に対し枝分かれしている側鎖構造でイソペプチド結合という。ただし種々の脱ユビキチン化酵素によりはずされる可逆的結合である。
- 3つの酵素のうちE3はE1,2に比較し桁違いの多様性(E1 2種類, E2 40種類に対してE3は600種類)をもち, E3が基質の特異性を決定するユビキチン化鍵因子と推察される。
E3の基本的役割はE2と基質とを物理的な近傍へ配置し, E2から基質へのユビキチン移動を触媒することと考えられている。
- ユビキチン化のユニークな点は, リン酸化などの修飾系にはみられない, 修飾が多重におこりうるということ。ユビキチン自身もタンパク質のため, ユビキチン上のリジン基にもさらに別のユビキチンが結合することができ, これをポリユビキチン化と呼ぶ。
- ユビキチンはK6, K11, K27, K29, K33, K48, K63と7つのリジン残基(K)を有していて, すべてのリジン残基についてポリユビキチン鎖が形成される。しかし頻度には K48>K11,K63>>K6, K27, K29, K33と大きな差がみられる。このうちK48以外のリジン残基は少なくとも生存に必須ではないことが示されている.
- E3は大別して, HECT型, RINGフィンガー型, およびU-box型(RINGフィンガー型の亜型、RINGフィンガー型は金属をキレートしているがU-box型は金属を構造に必要としない.)に分類される。HECT型は28種類で, 残りの約95%は後2者である。
- HECT型E3はユビキチンを自身のシステイン残基にジスルフィド結合させ, その後基質のリジン残基にイソペプチド結合させる。RINGフィンガー, U-box型では, E2から直接に基質へユビキチンが付加される。ユビキチン鎖の種類決定もHECT型ではE3が, 後2者ではE2がおこなう。
ユビキチン化にかかわる因子, 特にE3にかかわる疾患†
- Angelman症候群(精神発達遅滞を主徴): HECT型E3のE6A-P変異により起こる。
- von Hippel Lindau症候群(腎細胞癌, 小脳血管芽腫ほか): RING型複合型E3の基質認識サブユニットであるpVHLの変異によりおこる。基質である低酸素応答因子HIF-αの蓄積により過剰な低酸素応答が主要な病態を形成する。
- その他RING型E3の変異による疾患としてFANCL変異によるFanconi貧血,BRCA1変異による家族性乳がん/卵巣がんなどが知られている。どちらもDNA修復において重要な役割を担っている。
- 多くの神経変性疾患ではユビキチン抗体により染色される封入体が細胞内に生じる共通の病理所見からユビキチン依存的なタンパク質分解の重要性が考えられている。
- mdm2はRING型単量体E3であり, p53をユビキチン化し分解に導く。
ユビキチンの役割は非常に多岐にわたりユビキチンシグナルの統一した役割は想像しがたい。あえて一言でユビキチン機能を述べれば「標的タンパク質に共有結合し, プロテアソームを含むさまざまなユビキチン結合タンパク質と相互作用することによって, その標的タンパク質の性質(寿命や細胞内局在など)を変換すること」と言ってよいと考える。*2