#author("2025-04-27T21:41:39+09:00","","") #author("2025-04-27T21:43:27+09:00","","") [[Ras--がん化に関わる重要なシグナル分子]] *BRAF変異と腫瘍 [#aa76774b] >''serine/threonine protein kinase, RAF''にはヒトで&color(red){''A-RAF, B-RAF''および''C-RAF[Raf-1とも呼ぶ]''};の3種類のparalogが存在する。膜結合型小型GタンパクであるRASは活性化によりRAFを活性化する。RAFの作用により, 第二のprotein kinase &color(blue){''MEK''};, 次いで第三のprotein kinase &color(blue){''ERK''};が順次活性化される。 #ref(RTK-RAS-MAPK.jpg,around,right,75%) #br -BRAF (v-raf murine sarcoma viral oncogene homolog B1)タンパク質は 766個アミノ酸より成る約74kDaのserine/threonine kinase. #br -BRAFはEGFRなどの受容体型チロシンキナーゼにより活性化された''RASタンパク質と直接結合し, BRAFやCRAFと二量体を形成する''ことで活性化され, &color(#c9171e){''下流のMEK-ERK経路を活性化''};, 細胞増殖や生存に関与する. #br -&color(blue){''ERK''};は遺伝子発現, 細胞骨格再構成(cytoskeletal rearrangement), 代謝を調節し, 細胞外シグナルへ協調して反応し細胞の増殖, 分化, 老化, アポトーシスを制御している。 ***癌発生におけるBRAF-ERK-TF(転写因子)の役割の可能性 ¬e{:Smiech M, et al.Emerging BRAF Mutations in Cancer Progression and Their Possible Effects on Transcriptional Networks. Genes (Basel). 2020 Nov 12;11(11):1342. [[PMID: 33198372:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33198372/]]}; [#d793c874] >&color(crimson){''BRAFの病原性変異は,そのクラスに関係なく,すべてERKリン酸化を活性化する''};ので,ERKシグナル伝達経路によって調節される転写因子(TF)が,BRAF変異の下流の標的となる可能性があると考えられる。 >癌組織の30%がRAS-RAF-MEK-ERKを構成的に活性化していることが示唆されている.¬e{41:Scholl F.A.,et al.Effects of Active MEK1 Expression in Vivo. Cancer Lett. 2005;230:1?5. doi: 10.1016/j.canlet.2004.12.013.};従って,腫瘍の発生と進行を抑制するためには,ERKリン酸化の下流作用が癌発生の文脈でどのように制御されているかを解明することが重要である。 //しかしながら,BRAF変異によるERKリン酸化異常とがん細胞における転写因子の活性化を関連付ける研究は限られている。それにもかかわらず >いくつかの研究によって,多くの転写因子を含むERK標的タンパク質が同定されている。BRAF変異を介したERKリン酸化は,がん細胞においてこれらの転写因子を介する遺伝子発現の活性をダイナミックに変化させ,腫瘍の表現型を示すと考えられる。 >ERKリン酸化により制御される重要な転写因子:cMYC, cFos >癌細胞においてERKリン酸化によって制御される&color(crimson){''最もよく知られた転写因子の一つはcMyc''};である.¬e{42:Maik-Rachline G., Hacohen-Lev-Ran A., Seger R. Nuclear ERK: Mechanism of Translocation, Substrates, and Role in Cancer. Int. J. Mol. Sci. 2019;20:1194. doi: 10.3390/ijms20051194.}; > -cMycがThr58とSer62でリン酸化されると,持続的に活性化されることがわかった.¬e{43:Pulverer B.J., et al.Site-Specific Modulation of c-Myc Cotransformation by Residues Phosphorylated in Vivo. Oncogene. 1994;9:59-70.};¬e{44:Sears R., Nuckolls F., Haura E., Taya Y., Tamai K., Nevins J.R. Multiple Ras-Dependent Phosphorylation Pathways Regulate Myc Protein Stability. Genes Dev. 2000;14:2501-2514.};このリン酸化はタンパク質の分解を妨げる。 #br -cMycの分解を阻害するThr58におけるcMycの変異は,いくつかのFGFR中毒癌細胞株においてFGFR阻害に対する抵抗性を示している.¬e{45:Liu H., Ai J., Shen A., Chen Y., Wang X., Peng X., Chen H., Shen Y., Huang M., Ding J., et al. C-Myc Alteration Determines the Therapeutic Response to FGFR Inhibitors. Clin. Cancer Res. 2017;23:974?984. doi: 10.1158/1078-0432.CCR-15-2448.}; #br -これらの結果は,BRAF変異を介したERKリン酸化がcMycの安定性を誘導し,BRAF変異からの腫瘍化シグナルを伝達している可能性を示唆している。 >&color(crimson){''ERKリン酸化に駆動されるもう一つの主要な癌化転写因子はcFosである''};.¬e{42:Maik-Rachline G., Hacohen-Lev-Ran A., Seger R. Nuclear ERK: Mechanism of Translocation, Substrates, and Role in Cancer. Int. J. Mol. Sci. 2019;20:1194. doi: 10.3390/ijms20051194.}; > -cFosはc-Junとヘテロ二量体を形成し,その複合体activator protein-1(AP1)として働く転写因子である。このAP1二量体タンパク質は,標的遺伝子のプロモーターやエンハンサー領域のAP1特異的DNA配列に結合する。 #br -c-Junの他に,cFosはNCOA1やSMAD3のようないくつかの核内転写因子と相互作用することが知られており,それらはERKリン酸化によって制御される.¬e{42:Maik-Rachline G., Hacohen-Lev-Ran A., Seger R. Nuclear ERK: Mechanism of Translocation, Substrates, and Role in Cancer. Int. J. Mol. Sci. 2019;20:1194. doi: 10.3390/ijms20051194.}; #br -このRTK-RAS-MAPKシグナル経路はがんの約30%で過剰に活性化されており、その内, RASの変異が, がんの15-30%に認められる。近年の報告では&color(red){B-RAFの変異はがん症例の約7%に見出され};¬e{Davies:Davies H, et al. Mutations of the BRAF gene in human cancer. Nature 2002; 417: 949-954};ており, ''この経路における, もう一つの重要ながん遺伝子と考えられる。'' #br -活性RASが受け取ったシグナルは、RASに会合し細胞質内部へとシグナルを伝える最初の反応を行うRAFに伝えられ、最終受容体までの細胞内経路を形成する。転写まで届く場合は、細胞質内経路と核内経路にさらに分けることができる。 #br -'''BRAF'''遺伝子は7番染色体(7q34)に位置し18 exonよりなる.([[NG_007873.3 RefSeqGene Range5001..195753-GenBank:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/NG_007873.3?from=5001&to=195753&report=genbank]]) #clear ***RAFの構造 [#z96062d2] >RAFの構造は、''シグナル伝達をする分子''の典型的な構造をもつ。すなわち、''シグナル伝達経路の上流のシグナル分子と結合する部位''と、''それによって活性化される部位、および補助的因子の結合部位である''。 >このRAFの上流のシグナル分子、すなわちRASと結合する''RBD(RAS Binding Domain)''、''補助因子結合部位(C1)''、および下流のシグナル分子の活性化部位としてタンパク質中のセリンまたはトレオニン残基をリン酸化するプロテインキナーゼと呼ばれる''酵素活性ドメイン(ST_K)''を持つ。この一連の活性化や構造形成において、タンパク質にリン酸が結合するリン酸化が重要な役割を果たす。 #br #ref(BRAFprotein03.jpg,,80%) //#ref(BRAFmutation classes.jpg,around,left,70%) B-raf癌原遺伝子(BRAF)タンパク質の構造. #gallery(left,nowrap,noadd){{ BRAFmutation classes.jpg>BRAF 変異クラス BRAFprotein02.jpg>BRAFタンパク構造 }} (左図)典型的な3クラスのBRAF変異の位置を示す。BRAF変異はヒトBRAFタンパク質構造 (CR1;青,CR2;赤,CR3;緑)で示されている。 BRAFの活性型では,E600(V600の変異)とK507が塩橋を形成してαCヘリックスの位置が大きく変化し,活性化セグメントが不安定化する。 (右図) BRAFの活性型(シアン,Protein Data Bank(PDB)コード4MNF)と不活性型(グレーとオレンジ,PDBコード3TV6). 活性型では,E600(V600の変異)とK507が塩橋を形成してαCヘリックスの位置が大きく変化し,活性化セグメント(AS,オレンジ色で示す)が不安定化する。Asp-Phe-Gly(DFG)モチーフは赤で示されている.¬e{13:Wenglowsky S., Ren L., Ahrendt K.A., et al. Pyrazolopyridine Inhibitors of B-Raf(V600E). Part 1: The Development of Selective, Orally Bioavailable, and Efficacious Inhibitors. ACS Med. Chem. Lett. 2011;2:342-347.};¬e{16:Haling J.R., Sudhamsu J., Yen I., et al. Structure of the BRAF-MEK Complex Reveals a Kinase Activity Independent Role for BRAF in MAPK Signaling. Cancer. Cell. 2014;26:402-413.};¬e{17:Park E., Rawson S., Li K., et al. Architecture of Autoinhibited and Active BRAF-MEK1-14-3-3 Complexes. Nature. 2019;575:545-550.}; BRAF 変異クラス I~III -BRAF変異には3つのクラスがある.(上図)¬e{22:Yao Z., Yaeger R., Rodrik-Outmezguine V.S., et al. Tumours with Class 3 BRAF Mutants are Sensitive to the Inhibition of Activated RAS. Nature. 2017;548:234-238.}; -クラスIにはBRAF V600E変異が含まれ,BRAFは構成的に活性な単量体として働く.クラスIIの変異は,構成的に活性な二量体を可能にする.&color(blue){''クラスIIIはキナーゼ活性が低下しているか,不活性である''};.¬e{23:Lin Q., Zhang H., Ding H.,et al. The Association between BRAF Mutation Class and Clinical Features in BRAF-Mutant Chinese Non-Small Cell Lung Cancer Patients. J. Transl. Med. 2019;17:298.}; //腫瘍の進行は,細胞の増殖,分化,生存,アポトーシスを調節する遺伝子の異常と関連している.特に,がん原遺伝子における病的変化の蓄積は,細胞の重大な欠陥につながる [24] .MAPK/ERKシグナル伝達経路のBRAF,NRAS,KRAS構成因子の変異は,黒色腫,結腸直腸癌,多発性骨髄腫(MM),甲状腺乳頭癌,肺癌,卵巣癌で頻繁に確認されている [25,26,27,28,29,30]. //BRAFは主要な発癌促進因子であり,したがって薬剤開発の治療標的である [31]. -ヒトの癌の7%近くがBRAFの変異と関連しており,観察されるBRAFの変異の90%以上がV600E変異である.¬e{32:Cantwell-Dorris E.R., O’Leary J.J., Sheils O.M. BRAFV600E: Implications for Carcinogenesis and Molecular Therapy. Mol. Cancer Ther. 2011;10:385-394.}; -600位のバリン(V)をグルタミン酸(E)に置換すると,キナーゼ活性が500倍上昇し,細胞増殖が亢進する.¬e{12:Wan P.T., Garnett M.J., Roe S.M., et al. Mechanism of Activation of the RAF-ERK Signaling Pathway by Oncogenic Mutations of B-RAF. Cell. 2004;116:855-867.};この変異はBRAFを単量体として活性化するが,野生型では活性化に二量体形成が必要である. -V600E変異を持つBRAFはK507残基と塩橋を形成し,野生型の二量体化に際してのみアロステリックに採用される活性型を安定化することが構造的に示されている¬e{16:Haling J.R., Sudhamsu J., Yen I., et al. Structure of the BRAF-MEK Complex Reveals a Kinase Activity Independent Role for BRAF in MAPK Signaling. Cancer. Cell. 2014;26:402-413.};¬e{17:Park E., Rawson S., Li K., et al. Architecture of Autoinhibited and Active BRAF-MEK1-14-3-3 Complexes. Nature. 2019;575:545-550.};.さらに,V600は不活性型コンフォメーションを安定化する疎水性クラスターの一部である.¬e{13:Wenglowsky S., Ren L., Ahrendt K.A., et al. Pyrazolopyridine Inhibitors of B-Raf(V600E). Part 1: The Development of Selective, Orally Bioavailable, and Efficacious Inhibitors. ACS Med. Chem. Lett. 2011;2:342-347.};¬e{17:Park E., Rawson S., Li K., et al. Architecture of Autoinhibited and Active BRAF-MEK1-14-3-3 Complexes. Nature. 2019;575:545-550.}; -MAPK/ERKシグナル伝達経路の調節異常は,BRAF変異遺伝子座によってBRAF活性の上昇またはキナーゼ活性の低下によって引き起こされる.¬e{8:Zheng G., Tseng L.H., Chen G.,et al. Clinical Detection and Categorization of Uncommon and Concomitant Mutations Involving BRAF. BMC Cancer. 2015;15:779.}; #br **'''''B-RAF'''''mutation [#ibb088fa] #br #ref(BRAFmut-freq01.jpg,around,right,70%) -&color(red){悪性黒色腫};: 27-70% -甲状腺乳頭癌: 36-53% -大腸直腸癌: 5-22% -卵巣漿液性癌:~30% -その他の低頻度に出現する癌 1-3% 24の異なったコドンを含む, 40種類を超える'''''B-RAF'''''ミスセンス変異が発見されている。 -&color(blue){''T1796がAに変異するV600ががんにおける変異の91%、¬e{Davies:Davies et al., Mutations of the BRAF gene in human cancer. Nature 2002; 417: 949-954}; ¬e{:Garnett MJ., et al., Guilty as charged: B-RAF is a human oncogene Cancer Cell 2004; 6: 313-319};. これ以外のほとんどのBRAF変異はきわめてまれ''};で全例中0.1-2%を占めるのみ。 #br -&color(#e2041b){''V600E以外のBRAF変異は非常にまれと覚えておいて間違いではない''};。 #br -V600Eは, がんのBRAF変異の86%, その他の残基への変異(V600D, G, K, M, R)もあるがごく少ない。 #br -V600 変異は悪性黒色腫および甲状腺癌 BRAF変異の90%以上と高頻度で、大腸癌においても高率に認められる #br -V600変異は非小細胞性肺癌においては頻度が低い。 #br -各がん腫における'''BRAF'''遺伝子変異の頻度(右図); Schubbert S et al. Nat Rev Cancer 2007; 7: 295-308. #br -血液悪性腫瘍では Hairy cell leukaemiaにBRAF V600Eを検出する -血液悪性腫瘍では Hairy cell leukaemiaにBRAF V600Eを検出する(95%以上の症例にBRAF V600E変異が認められる) *DaviesらのオリジナルBRAFシークエンスではaa31,32にあたるコドンが1つ欠けている。そのためV599と記載されているが訂正されたシークエンスではV600となる。 ***大腸癌 colorectal cancerのBRAF V600E遺伝子変異-頻度と臨床病理学的特徴 [#f01601fa] >COSMICによると, 大腸癌の'''BRAF'''遺伝子変異の頻度は, 10.3%(結腸癌 13.4%, 直腸癌3.2%). exon15領域のc.1799T>A/ pV600E(codon600のバリンがグルタミン酸に変化する)が多い. >'''''BRAF''''' V600E変異は大腸癌の発生初期におこると報告されているが, StageI/IIと比較してStageIII/IVでやや頻度が高い傾向がある. >日本での大腸癌'''''BRAF''''' V600E変異の頻度は4.5-6.7%と報告されており, 欧米からの報告(5-12%)と比較してやや低い >大腸癌での'''''RAS'''''変異と'''''BRAF'''''変異は&color(red){相互排他的};といわれている. >'''''BRAF''''' V600E変異大腸癌の特徴(25研究11955例のメタアナリシス) -&color(#ff0000){女性, 60歳以上, 右側結腸原発, 低分化腺癌, 粘液成分あり, ミスマッチ修復機能欠損症例};に'''''BRAF''''' V600E変異が多いことが報告されている. #br ''予後と治療法選択に関する情報'' 切除不能進行再発大腸癌で'''''BRAF''''' V600E変異の有無を調べることは, 化学療法治療効果や予後についてより詳細で正確な情報を得ることができ, 治療選択の点からも有益である。 >'''''BRAF''''' V600E変異大腸癌は'''''BRAF'''''野生型に比較して予後不良である. (901例の研究)¬e{:Samowitz WS,et al. Poor survival associated with the BRAF V600E mutation in microsatellite-stable colon cancers. Cancer Res. 2005 Jul 15;65(14):6063-9.}; >2009年. 切除不能進行再発大腸癌一次療法としてカペシタビン+オキサリプラチン(CapeOX)+ベバシズマブとCapeOX+ベバシズマブ+セツキシマブ療法を比較した第III相試験(CAIRO-2試験)でいずれの治療群でも'''''BRAF''''' V600E変異大腸癌の無増悪生存期間, 全生存期間が有意に不良であった. >2009年以降の複数研究も'''''BRAF''''' V600E変異大腸癌は野生型と比較して予後不良である報告が再現性をもって提示されている. >26研究メタアナリシスでは全生存期間のハザード比は2.25(CI95%: 1.82-2.83)と報告された. >切除不能進行再発大腸癌一次化学療法例を対象のランダム比較試験の統合解析でも, '''''BRAF''''' V600E変異大腸癌の生存期間は野生型に比べ大きく劣ると報告された. &color(crimson){''欧州ガイドラインでは, '''''BRAF''''' V600E変異大腸癌の一次治療レジメンはFOLFOXIRI+ベバシズマブが第一選択に推奨されている''}; >最近の研究で%%%5-FU+ロイコボリン+オキサリプラチン+イリノテカン(FOLFOXIRI)%%%+ベバシズマブ療法が'''''BRAF''''' V600E変異大腸癌例で特に生存延長効果が大きいことが報告された.(TRIBE試験) >'''''BRAF''''' V600E変異大腸癌のみを対象としたFOLFOXIRI+ベバシズマブ療法の第II相試験でも良好な治療成績が報告されている.